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2019/02/17

聖なる輪


大湯ストーンサークル 秋田県

縄文の人々は円にこだわっていました 。

縄文は丸い輪の形をした土や木や石でサークルを造り、広場を中心に竪穴住居を同心円形に配置していました。
日本語の「わ」は「環(わ)」「輪」「我(わ・われ・わたし)」「和」「調和」「平和」「和解」「あわす」「わくわく」につながります。
調和した宇宙の力は丸い円の形をとります。

地球の形も太陽系も銀河系も、原子核の周りを回る電子もありとあらゆるものが、輪を描いて動いています。
円環の中で生と死が繰り返されています。

円は始まりも終わりもなくひとつに繋がっています。

アメリカ・インディアンは聖なる歌を歌いながら手を繋ぎ、円を描いて回わるダンスをしました。
縄文の人々も火を焚いてそれを中心に輪になって踊っていたと思います。

旋回しながら舞をしていると大地から螺旋状にエネルギーが上昇して来ます。

『世界をつかさどる聖なる力はすべて、輪の形をとる。
空は丸いし、大地も球のように丸い、星たちもみな円い。
一番強い風は、丸く、渦を巻いて吹く。
鳥は丸い巣を作るが、それは鳥も私たちと同じ信仰を持っているからである。
太陽も輪を描いては昇り、そして沈んでいく。
月も同じだ。そして、太陽も月も円い。
季節さえも、一年経つと大きな輪を描いて必ずもといた場所に戻ってくる。
人の一生も、子どもから子どもへと、輪を描く
こうして、あらゆるものすべては、円環に働く。』
ブラックエルク(オガララ・ラコタ族)

この世界の全てのものは聖なる輪であるメディシン・ウィールの中で調和して存在しています。
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2019/02/17

真実の愛に気がつくまで



光の根源のような魂から、堅い自我に覆われ肉体の五官に囚われている魂までこの地球はあらゆる魂が出会う場のようです。

この世界は階層構造になっています。階層の下方から上方を知ることはできません。

理解出来るのは相手よりも自覚の領域が広いときか同じ領域を持っているかに限られます。

つまり、お互いに共通の振動帯域がなければ話をしても理解することは出来ないのです。

微細なサトル領域は振動帯によって分けられています。同じ振動数をもった魂だけが出会う世界は違う経験を得られにくいのです。

この地球では愛にあふれた人に出会うこともあるでしょうし、攻撃的な人や、人格が冷たく皮肉っぽい人にであうこともあります。

肉体をもった物質世界では、ありとあらゆる人々との出会いのドラマがあります。

その時に喜怒哀楽の感情を味わう事ができます。

魂は記憶を失ってこの世界に誕生しています。

そして現象世界に適応したマインドを自分だと思っています。地上世界は実に、さまざまな経験ができるようになっています。

それはベーシックな肉体という共通の体を持っているからこそ、異なる振動数の魂でも出会うことができるのです。

童話では、まま母に意地悪を受けたり、性格の悪い人からさんざんひどい目にあったりしますが、それは微細(サトル)の世界では体験できない貴重な経験です。良い人ばかりではドラマがなりたちません。名脇役がいないと物語は刺激がなく単調なのです。

サンキャ哲学にでてくるプラクリティ(物質原理)とプルシャ(純粋意識・観照者)の関係は演劇を演じる役者と芝居をみている観客のようなものです。

よくできた脚本と演技力がある役者が演じると観客はその芝居と自分を同一化して、よろこびや悲しみを感じます。

人生で受け入れられない経験をすると不快な感情や重たい気分に巻き込まれてマインドは苦悩します。

マインドが作り出す仮想現実を真実と思い込んでいるのです。メロドラマを現実と思って深刻になっているのが、私たちのマインドです。

沈黙して自己の本質に気がつけばマインドが演じている芝居が現実ではないことに気がつきます。思考との同一化をやめ夢から覚めると本質である我に帰ります。

観照が起きると悲劇と喜劇を繰り返す人生を深刻にならずに過ごすことができるようになるでしょう。

肉体をもったこの世界では様々な経験をすることが可能になっています。そのほうが魂が自覚するには都合がよいからです。

二元性の世界では愛するものを失うことの苦悩と、悲しみに満ちています。

死と生、苦と楽、光と闇に分けて見ている限り、苦しみやつらく悲しいことから逃れる事はできないでしょう。

苦悩も喜びも包み込んで溶かす真実の愛に気がつくまで
2019/02/17

いのちのうた




音楽は脳の視床下部に作用して、治癒力を活性化させることが知られています。

脳の視床下部にはホルモンの調整、自律神経の中枢があり、食欲や性欲、睡眠とも関係しています。
音楽は脳内麻薬物質ホルモンのバランスに影響を与えるので自分が好きな音楽をきいた人のストレスホルモン(副腎皮質ホルモン)の分泌は25パーセントも低下します。音楽は免疫系を強化させる作用があるのです。

一番最初に胎内で出来る感覚器官は受精後五週間で発達する聴覚です。幼子は母親の胎内で音と暮らしながら、脳を発達させています。もっとも根源的な感覚が聴覚なのです。アルツハイマーのお年寄りに音楽を聞かせると、忘れていた記憶の断片を突然思い出します。 音楽療法では音楽が薬の処方箋のように使われています。

音楽には、メロディー、ハーモニー、リズムの三要素があります。メロディーは思考センター、ハーモニーは感情センター、リズムは動作センターに影響します。


音の高さは1秒間の振動数で決まり、ドの音は1秒間に約260回振動をしています。この倍の520回振動すると1オクターブ上のドの音になります。この倍の音の振動数を倍音といいます。
チベット密教ニンマ派に多人数で低音の母音を連続的に発声する修行があります。高純度の倍音を浴びることによって、肉体と精神を浄化させるのです。

ユダヤ教の神秘主義思想であるカバラの秘密の奥義とされる「ゾハールの書」には次のように記されています。
「宇宙にはあらゆる局面でうたわれた歌が燃えさかっている。天界の歌はむろんのこと、・・・・・・・・至高の存在の前では恒星、惑星、樹木、動物などすべてがそれぞれの旋律をかなでている。」
「そのはてしない和音は創造のもっとも粗雑な残響でさえ、ふつうの人には聞き分けられないが、礼拝と瞑想と善行によって宇宙の歌を聞くことが出来る。」

原子は一秒間に一千兆回振動しています。全宇宙は振動しているのです。脳波のピッチを変えて情報を含んでいる宇宙の干渉パターンと自由に共鳴させることができればあらゆる宇宙についての知識を手に入れる事が出来るでしょう。

ギリシャ神話では竪琴がヘルメスからアポロンへ、そしてオルペウスはアポロンから竪琴をさずかります。オルペウスの教えはピュタゴラス・プラトンに受け継がれました。ピュタゴラス派の人々は宇宙を巨大な竪琴のようなものと考えていました。

古代ギリシャで死と再生の秘儀に音楽が使われていたことをプラトンは伝えています。特定の振動音はチャクラに共鳴して意識に影響を与えるのです。

ブナの森を吹き抜ける自然界の風の音も宇宙空間を飛び交う宇宙の素粒子やプラズマの音も瞑想にはいると宇宙のリズムと同調して調和された振動帯域に入ります。宇宙はひとつの音から生まれたのです。

調和された音に全身を共鳴させていくと左脳の言語中枢の活動が減少して、頭のおしゃべりは減少します。
適切な音楽が使われることによって「私は愛されてはいない。」「わたしは生きる価値がない人間だ。」と思い込む以前の心のいちばん深い部分に共鳴が起きます。

私のセッションでは音楽を使います。個人セッションで呼吸が深くなり、抑圧していた心理的な痛みを伴ったエネルギーの解放が起きた時に、涙を流しながら突然歌いだす人がいます。

「いのちのうた」が歌われたのです。「たましいのうた」といってもいいかもしれません。それまでに歌ったことがない心の奥底に秘めていたうたです。あまりの懐かしさに涙をながします。

深い心の奥で「いのちのうた」「たましいのうた」はいつも歌われています。

辛い記憶でできた自我の殻を通り抜け、自己の本質にたどり着くことができれば誰でも「いのちのうた」を歌うことができます。
ハートのチャクラが開いて「いのちのうた」が歌われると愛と光に満たされた感覚に包まれます。

自由なエネルギーの流れを感じ、周りの人々と自分とのつながりが全宇宙にまで広がり圧倒的な感謝の気持ちに包まれます。
音楽は自己の本質の発見に導くのです。
2019/02/17

盲信狂信




「私はサイババの後継者だ」と名乗るカルト集団がありました。しかしサイババの信望者はそれを咎めませんでした。
サイババの教えに「人の悪口を言ってはならない」とあったからです。

マルクスは「宗教はアヘン」といい、民衆にあきらめとなぐさめを説いて社会の不正から現状を改革することを宗教は妨げていると述べています。

ダライ・ラマ法王は現実の世界が人間の悪の部分を引き出してくるようなシステムであれば、『大きな怒り』を持って、そのシステムを変えていくように述べています。

タントラは否定的なエネルギーを社会の不正や矛盾を変えるエネルギーに変換することができます。

自尊心や自信の形成に失敗した人々は自我を防衛し、あるがままの自分から離れて現実と向き合うことを逃避します。
「本当に思っていることを口に出すのは、きらわれるので危険だと思う。
誰かが怒ったり、不機嫌になると居心地が悪い。
もめ事を起こしたくないので、ノーといわなくてはいけない時にイエスと言ってしまう。
問題が起きないようにするには、何があってもにこやかな笑みを絶やさないことだと思っている。
思いやりがあって人には親切に、自分のしたいことを言わず。
人を傷つけまいと自分に嘘をつく。
いつもにこやかで、怒っていても冷静な振りをする。いい人を演じる。」
そうしてあるがままの自分を抑圧して偽りの自分を演じてしまうのです。

癒しや奇跡を起こす強カなカリスマ性を持った人物が現れると、宗教教団ができます。信者は心の中の理想化された全能の教師像を霊的な教えを説く人物に投影します。多くの信者が集まると秩序を求めて古株の取り巻きが幹部となり人々を管理するようになります。

信者は宗教組織への服従、奉仕、献身、忠誠、組織への過度の依存となって現れます。
ピラミッド構造の上位を自己顕示性が肥大した教祖や組織の幹部が占めると支配的になり強制、暴力、攻撃、無理強いをするようになります。ピラミッド構造の組織はそれ自体が意志をもった生き物のように振る舞うようになります。
教祖は神格化され盲目的服従が強要されていきます。やがてカルト化することがおきます。

「もう時間がない。今すぐに私たちがこの世界を変えなければ人類は減びる」と恐怖感と不安感をあおって終末観を与えます。
そして「自分は霊的に発達している」と主張する教師は「あなたは神によって偉大な使命を与えられた特別な存在だ」と選民意識を人々に植え付けます。

信者は過去生を告げられ偉大な聖者の生まれ変わりと錯覚します。自我肥大して妄想の世界に入ります。
「無知な人々を目覚めさせて世界を救わねばならない」と奉仕・献身という名目の組織拡大のための布教活動をしていくのです。下部組織の信者は神のため、世界平和のためにと思い込んでいるので反社会的な行動を取っても気がつきません。
そうして、精神的な救済のスローガンがいつのまにか物質的な金銭に転換されてしまうのです。

カルトは組織に反対する者が現れると「神に与えられた使命を追害するサタンである」とレッテルを貼ります。そうして組織を守るために人々は平気で殺人さえしてしまうのです。

しかし、盲信狂信の世界は宗教だけではありません。

日本の政治家は資源がないので人々の幸せのためと原発を作りました。
街は汚染され大勢の人々が苦しみました。
それでも政治家は原発を推進しようとします。
政治家は国を守るためにと戦争をしました。
あらゆるものが破壊され人々は苦しみました。
それでも政治家は戦争しようとします。
そこには不安や恐怖をあおり、マインドコントロールして支配しようとする人々がいて
権威に服従する大勢の人々がいました。
命令に従う者がいなければ争いはおきません。

世界に2万5000発あるわずか0.4%の核爆弾が爆発しただけで地球的規模の破壊が起きます。
人類に未来はありません。
そこには勝ち負けはありません。
人々があるがままの自分を受け入れて
自分自身でいるのなら
本当にしたいことをするようになるでしょう。

軍隊は解散し武器を置いて災害救助に向かうでしょう。
全ての宗教組織と国家は解体されるでしょう。

怒りと暴力のエネルギーに気がついて変換できたのなら
美しい地球はたちまち愛と歓喜に満ちるでしょう。
2019/02/17

みにくいアヒルの子



アンデルセンの童話に出てくる「みにくいアヒルの子」はアヒルから美しい白鳥になった訳ではありません。みにくいアヒルの子は最初から白鳥でした。

アヒルの群の中で、他のアヒルと異なった姿のひながいました。「みにくいアヒルの子」は周りのアヒルから、あまりに辛くいじめられるので耐えられなくなって逃げ出しましたが他の群れでもやはりひどいいじめにあいました。生きることにすっかり疲れ切った「みにくいアヒルの子」は死のうと白鳥の住む池に行きました。そこで初めて自分はアヒルではなく美しい白鳥だったことに気づくのです。

みにくいアヒルの子はアヒル社会の中で育つうちに自分はアヒルだとプログラミングされました。思考が作り出すアヒルという偽りの自己を自分と思い込んだのです。

自分がアヒルだと思っている考えが外からプログラミングされたとは全く疑いもしません。アヒルの家族やアヒルの仲間がその考えを補強したからです。

しかし、「みにくいアヒルの子」に何かおかしい変だという感覚は常に付きまといます。周りのアヒルとは声も姿も違うからです。

でも、頭にはすっかりアヒル社会の信念体系が刷り込まれてアヒルの自我が形成されています。外からの教育や経験による条件付けによるプログラミングが脳を支配してしまっているのです。

そうして、アヒルと思い込んでいる白鳥は困惑しながらも努力してアヒルを演じ続けるのです。

これが私たちのマインドに起きている事です。頭の中の思考を自分と思い込んでいるのが自我です。

自分は哀れで惨めな無力な人間だという考えが外から植えつけられた強力な信念だとは疑いもしません。

自分がアヒルだと完全に信じ込んでいる「みにくいアヒルの子」を白鳥にさせる手段はありません。

最初から白鳥のままだからです。白鳥が白鳥になる為に努力する必要はありません。

自分が白鳥と気がついていないだけです。 最初から白鳥ですから白鳥だという本性に目覚めるだけでいいのです。

自分の真の姿に気がついて、アヒルと思いこんでいる夢から眼をさませばいいのです。

探し続け、疲れ果てて、もう何処にも行けなくなってマインドが降参したとき初めて気がつきます。
白鳥と気づく前から「みにくいアヒルの子」はすでに白鳥だったことを。

心理的な苦しみを一瞬にして取り去る方法とは、思考と一体化している偽りの自己から離れて、今ここに在る純粋な意識と繋がることです。

今この瞬間に意識を向けると思考や感情に覆われない本当の自分に気がつくことが出来ます。

不安な時、憂鬱な時、退屈している時は思考に同化しています。人生の質を高める最も簡単な方法は身体感覚に意識を向けて、思考からの脱同一化の仕方を学ぶことです。

思考を超えた本当の自分に気づくだけでいいのです。

感情や思い込みの葛藤の中で全体を俯瞰する本当の自分が目覚めると、心の表層を流れる波に呑み込まれていたことに気がつきます。あれ狂う嵐の日でも深い海の底はいつも静かに沈黙しています。

空が雲で覆われて雨が降り、風が吹き、嵐がこようと、その背後には常に青空があります。視野をこころ全体に拡げると、苦悩も喜びも、雲のように過ぎ去る心の大空の一部だということがわかります。

雲(思考・感情)があってもなくても、常に青空(本当の幸せ・気づき)がなくなることはありません。つらい時やもがき苦しんでいるときは、思考や感情を自分と思い込み、心が狭い範囲に限定されています。

視野をこころ全体に拡げると苦しみが心の一部だということが分かります。

人生の中で起きる喜怒哀楽の感情を自分と思って苦しみますが、その物語が展開している何もない空っぽの舞台空間、風が吹き雪や雨が降る青空という広大な空間、その虚空というスペースが本当の自分だということに気づくとあらゆる偽りが落ちて真実が輝きだします。

本当の幸せがいまここにあることに気がつかないと、探して探すほど「いまここ」から遠く離れてしまいます。遠くに求めてしまうと、見つからずに苦しんでしまいます。本当の幸せはいつも今ここにあります。

それが腑に落ちない人のためにワークショップがあります。

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