2016/10/12

無責任体制に陥る日本

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東京都の豊洲問題が連日話題になっています。しかし、誰の責任なのか全く見えてきません。日本社会は中央に権威は置いても権力は置かない構造になっているのでしばしば無責任体制に陥ることがあるのです。原発事故も豊洲問題も個人が表に出てきません。

戦争中の日米の組織を比較するとアメリカは状況が最優先で、組織でも何でも、状況に応じて一人ひとりに絶大な権限が集まるようにつくっていきます。
日本の組織は責任分散型で一人だけに大きな権力が集中するのを避けて、何人かのトップが談合で決めるというやり方をしました。明治憲法で軍隊は天皇に属するとされましたが天皇がトップとなって実際に軍隊を動かすことはありませんでした。

日清、日露などの戦争の時の日本の軍隊は陸軍と海軍の参謀総長、軍令部総長、参謀次長、軍令部次長、第一部長、作戦部長、作戦課長によって構成された大本営会議が統帥権を持ち全面的に作戦を仕切って戦争がすすめられていました。統帥権とは最高指揮権のことですが日本は個人が権力を持たない構造になっていました。
個人が責任をとらない無責任社会は、ある特定の人物が責任を問われると、家族や関係者までもが無限責任を負わされることになります。

政治学者の丸山真男は無限責任の例として1923年に起きた難波大助に狙撃された裕仁皇親王(昭和天皇)暗殺未遂事件を取り上げています。この皇太子暗殺未遂事件後、総理大臣の山本権兵衛は辞任、内閣は総辞職、警視総監と警視庁警務部長が懲戒免職、警護のかかわっていた一般の警察官まで免職。犯人の出身地の山口県知事と、犯人が上京の途中で立ち寄った京都府の知事も譴責処分、郷里の村は正月の行事を中止、犯人のでた小学校の校長と担任は辞職、衆議院議員であった犯人の父は蟄居し半年後に餓死しました。

無限責任は最近でも現役の野球部員のたった1人の違法行為の責任として野球部全体が甲子園出場辞退という習慣に引き継がれています。

日本は父性が強くなっても心理的に母性優位の国でした。個性や自己主張よりも全体との調和や平衡状態の維持の方が重要なのです。

太平洋戦争末期、戦果を挙げることに固守した日本軍は敗北が決定してもずるずると戦争を長引かせて無謀な戦闘を続けました。無責任体制 の日本は一旦始めた戦争を終わらせるリーダーがいなかったのです。結局、多くの国民の命が犠牲となって失われました。

頂点の地位にいる天皇は、象徴的な権威だけで実質的な権力を持っていませんでした。
そして行政を担当する官僚は、短期間で交代してしまいます。永続的にその業務に対して責任を持つ個人が存在しません。
つまり、日本は命令を下す決定権を持っている個人も責任をとる個人もいないのです。

こうして日本は責任をとる個人が存在しないまま、集団による、責任の不明確な傾向に従って行動して失敗します。
そうして、失敗をしても、その失敗の原因を究明して責任者を明らかにしないので、同様のパターンを何度も繰り返すのです。
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