FC2ブログ
2018/08/31

縄文は富を独り占めしない



古代の人々は大自然が持つ不思議な生命力を畏怖して精霊に贈り物をする儀礼をしました。そうしないと不幸がおとずれると信じていました。
アイヌの熊送りは人間が熊の姿をして土産をもって現れたので、殺して熊の姿から霊を解放してたくさんの土産を持たして天の世界に帰します。そうして待遇がよかったことを仲間の熊が聞き来年も土産をもって再び人間の世界を訪れるのです。土産(ミヤゲ)は「身をあげる」という意味から来てると梅原猛は述べています。



北米インディアンは近隣の人々を招いて蓄積してきた富を惜しみなくふるまうポトラッチ(potlatch)という祝宴を開きます。主催者は贈り物を気前よく贈り、客は受け取り、今度は別な機会にお返しをします。
もし、それをおこたり、自分の利益だけを溜め込むと力を失い自分の魂も失ってしまうのです。先住民は富の蓄積に魂の危険を感じていたのです。

39191421_2085539651508617_4500751767700504576_o.jpg

狩猟から農業に移り変わり、富の蓄積が起きて支配階級が現れると、豊かな富を求めて凶暴で暴力的な男性原理の人々が現れはじめて侵略を始めるようになりました。
貨幣経済は貧富の差をもたらし、争いをもたらしました。お金のために長時間労働で拘束されるようなり、幸福で自由な時間は失われるようになったのです。
富と資源の奪い合いにより生存競争は激しくなり生は危険なものになりました。
アメリカ・インディアンはこう言っています。
「欲しいと言ってくれれば持っているものはいくらでもあげるのに、白人達はなぜ、銃で殺して奪うのか」

39388975_2085539328175316_2679753498974748672_o.jpg

縄文時代は富を独り占めにせず困っている人には誰でも平等に分け与える心を持っていました。

縄文の香りが残る岩手の山間部では見知らぬ旅人をもてなす習慣がありました。
40年以上前に、旅の途中で暗くなり北上山地で出会った見知らぬ人の家に泊まり、夕飯をごちそうになったことがあります。おそらく、昔はコンビニも宿も交通機関もなかったので見放させば旅人は困り行き倒れになったこともあったからだとおもいます。
縄文の人々も大陸から渡って来た人々に食べ物を与え受け入れていったと思います。
縄文は野蛮で未発達な文明ではなく、循環する優れた技術や豊かな精神世界を持つ、持続可能な平和な社会でした。

39293406_2085539811508601_7545887385905528832_o.jpg


アメリカ先住民は自分達の行いのために子孫に負債を背負わせてはならないと7世代先の子孫のことを考えて暮らしてきました。
現代文明は目先の経済のために危険な放射能を垂れ流し、未来の子供達に数万年も残る放射能廃棄物を押し付けています。
縄文は一万年以上争いのない社会を築いていました。
現代社会は物質文明であり、格差で苦しみ争いが絶えないので精神的には野蛮な文明と言わざるをえないでしょう。
スポンサーサイト
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。