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2019/02/17

アルテミス神殿


トルコ エフェソス アルテミス神殿跡


地母神信仰の中心地だった地中海に面したトルコのエフェソスを訪れたことがあります。エフェソスは使徒ヨハネと聖母マリアの終焉の地とも言い伝えられています。

エフェソスは熱狂的なアルテミス信仰の中心地で紀元前7世紀から紀元3世紀にかけてエフェソスにあったアルテミス神殿は古代世界七不思議の一つでアテネのパルテノン神殿の倍近くの規模を誇っていました。女神アルテミスは地母神の神格を受け継ぐ豊穣の女神でした。

このアルテミス神殿を建設したのは武器をとって戦ったアマゾン女族という伝承があります。

アマゾン女族はディオドロスの『世界史』に「法律を定め、女たちには従軍させ、男たちには卑しい奴隷の仕事を課した。男児が生まれると、脚と腕を不自由にして、戦えなくし、これに対して女児は右の胸を焼かれて、大きくなったときに戦場で(右の乳房が弓を引く上で)邪魔にならないようにした。それゆえ、この民族はアマゾン(乳房がないもの)と呼ばれるようになった」とかかれています。
アマゾン女族は一般に種族保持のために、毎年、時を定めて他国を征服し男と交わり子種を得えて、生まれた子どものうち男児は殺すか障害を負わせて奴隷とするか、あるいは父親のもとに引き渡し、女児のみを後継者として育て女だけの社会を作ったと伝えられています。

アマゾン女族の原型は前7世紀からコーカサス、アナトリア、トラキア地方へ侵入し、前六世紀にはコーカサスから中央アジアを支配した遊牧スキタイ人で関連諸部族の発掘調査から騎乗の女性戦士が実在していたことが判明しています。

ギリシア人は前8世紀から前6世紀にかけて黒海沿岸に植民都市を建設して女性が騎乗して弓矢を使うスキタイ人と接触して、アマゾン女族の伝承が生まれたようです。女性がリーダーで決定権を持ち、男の軍隊と女の軍隊の両方があったようです。
アマゾン女族が生まれた男児を引き取らないのは、遊牧集団間での養子縁組のことで、民族間の友好の手段でした。障害を負わせて奴隷にする話は落馬による骨折が男子に多いことの誤解でギリシア人の誇張した脚色だったようです。

聖書の使徒行伝19章に「エフェソスの皆さん。エフェソスの町が、大女神アルテミスと天から下ったそのご神体との守護者であることを知らない者が、いったいいるでしょうか。」とあるようにエフェソスのアルテミス神殿のご神体はアマゾン女族が沼地で発見した黒い隕石でした。

ギリシャ神話のアルテミスは動物の多産と狩猟を司どる純潔の処女神と同時に気性の激しい男嫌いの女神で熊に変身して男たちを食い殺す残酷で恐ろしい狩人でもありました。

しかし、もともとのアルテミスはギリシャ以前のアナトリア古代地中海沿岸の先住民が信仰していた豊穣の大地母神でエフェソスはその中心地でした。男性原理が優位なギリシャの時代になると女神アルテミスはオリュンポス十二神の一柱に格下げされました。
ヨモギのラテン名はアルテミシアでアルテミスからきています。アルテミスは豊穣と多産、そして病気を治してくれる女神でした。

フレイザーの金枝篇によると古代地中海沿岸の豊穣と多産の大地母神の重要な儀礼に神婚儀礼がありました。結婚前の女性はある期間、豊穣の女神の神殿で見知らぬ異人と交わらねばなりませんでした。信者は女神を礼拝している限りは純潔とされ、勤めを終えるまで結婚することは許されませんでした。

 神殿の前は女性と客で人が溢れました。そこで支払われたお金は神殿に寄進されました。器量の良い女性はすぐに勤めを終えましたが、器量の悪い女性は3年も4年も待たされたといいます。神婚儀礼は大地の豊穣、穀物の再生と復活、女性の多産多殖の象徴だったのです。

キリスト教の時代になると、生と死を支配し万物を生み出す女神の力はすべてヤハウェのものとなり、母なる女神は悪魔の烙印を押されて暗黒世界の邪悪な存在とされました。

けれども、古代から受け継いできた熱心な「女神信仰」を一般民衆は簡単に捨てられませんでした。
エフェソスで431年にキリスト教の公会議が開催されました。そこで聖母マリアを「神の母」として信仰することが決められました。「女神信仰」を捨てられない一般民衆の女神への欲求はマリア信仰として表出しました。熱狂的な人々の前に教会は「マリア信仰」を無視することができなかったのです。

パウロに反対していたエフェソスの人々は200年の間に、キリスト教に改宗しました。聖書に名指しで批判されたアルテミス信仰は邪教とされ、古代世界最大のアルテミス神殿はキリスト教徒によって徹底的に破壊されました。
エフェソスの周りの森はアルテミス女神の聖なる土地だったので人間がむやみに森を切ってはならず動物たちが保護されていました。しかし、キリスト教の時代になると神々が住む聖なる森は悪魔の住む森となり、大切に保護されてきた森は急速に失われていきました。

エフェソスは地中海沿岸の船が集まる国際商業都市として栄えていました。森の崩壊はエフェソス崩壊の引き金になりました。森が失われた結果、表土が露出して、それが雨で流されて下流の港が埋まってしまいました。経済の中心だった港が何キロも後退してしまったのです。そして埋まった港は湿地になりマラリヤ蚊が大発生して、熱病が何回も大発生しました。こうして、二万五千人が収容できる円形劇場があったエフェソスは六世紀の中頃には廃墟になったのです。
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2018/06/01

女神

古代で女性は神聖にしておかすべからざる存在でした。性交が自由に誰とでも行なわれていた時代は父親が誰かは解らなくとも母親は誰であるかは確実にわかります。母親が主な親であり、大地と母は命を生み出す事から同一視されていました。

34032593_1959221870807063_1788329879888986112_o.jpgアルテミス   紀元前1世紀   トルコ  エフェソス博物館


リキュア人は母系なので男性よりも女性に敬意を払っていました。母方の性を名乗り遺産を相続できるのは息子ではなく娘でした。族長の長男・次男は一族全体の中に消える運命にありました。エジプトも娘だけが相続権を握り両親を扶養する義務を負っていました。古代は母系を築いていました。

部族の男たちが牧草地などをめぐってあらそいが起こると、最初は拳でなぐりあうだけですが、エスカレートしてくると次には石を投げあうようになります。誰かが負傷すると今度は弓矢や剣を持ち出して戦い殺し合いを始めてしまいます。そんなときは女性たちが戦っている男たちの間に入って戦いをやめさせました。

戦いをおさめるのは年長の女性でした。彼女たちは尊敬されており、彼女たちを傷つけてはいけない掟があったのです。

アフリカのアカンの人々は男性に命を与えるのは女性と考えています。アカンで老女はアベレアという智慧をもっているので尊敬されていました。

34031917_1959221954140388_4913975119619031040_o.jpgエルチェの貴婦人 紀元前4世紀 バレンシア マドリッド考古博物館


哲学のフィロソフィアはギリシア語の智慧をあらわす女性名詞ソフィアからきています。アリストテレスは『形而上学』を「ソフィアをあつかう学」としました。グノーシスでは智慧の女神「ピスティス・ソフィア」として出てきます。無知の闇に閉じ込められているアダムとイブに知識の木の実を食べるようにヘビを遣わしたのが智慧の女神ソフィアです。仏教の智慧を表すプラジュニャー(般若)は女性名詞です。東洋も西洋も智慧を表すのは女性名詞でした。

アシャンティ王国の王母は最も信頼されていたので戦いをやめない王を罷免したり助言をして戦いをやめさせることができました。

34203634_1959221890807061_793368175688286208_o.jpgバサの貴婦人 アンダルシア 紀元前4世紀 マドリッド考古博物館


このように古代の老婦人たちは智慧を持っていたのでケルトやゲルマン人の間でも部族間の争いをおさめ、血の復讐の代わりに和平と同盟を結ばさせました。この智慧はベーリング海峡をわたってアメリカ大陸へ移り住んだネイテヴ・アメリカンのイロコイ連邦に受け継がれています。

イロコイ族の族母(クランマザー)は大きな権限を持っていました。族長は族母によって選ばれ、族長にふさわしくない言動があれば、族母は辞めさせることもできました。

食料がなくて困っている家族がいれば他の家族が惜しみなく食料を分け与えました。何か問題が発生すると多数決では無く、老若男女子供まで含めた皆が理解するまで話し合って決めました。

ヨーロッパから白人達がやって来るとアメリカ・インディンはこう言いました。

「欲しいと言ってくれれば自分達が持っているものはいくらでも分けてあげるのに、白人達はなぜ、銃で殺して奪うのか」

男性原理は分離敵対し競争します。現代社会は男性原理が優位になっています。これからバランスを回復するために愛と調和に導く女性原理が表に出てくるでしょう。

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アリアノイの水の妖精 紀元2世紀   トルコ ベルガマ博物館