2017/01/06

瀬織津姫の名が残された氷上神社

初詣は瀬織津姫を祭神とする氷上神社を参拝してきました。
岩手県は瀬織津姫を祭神とする神社が日本で一番多く36社あります。

15826899_1382893888439867_4091984144465311202_n.jpg


参拝した奥州市の氷上神社は陸前高田市の氷上神社から分霊された神社です。ところが本社の祭神は天照大神で分社の瀬織津姫の名はどこにもみあたりません。瀬織津姫の名前は消されてしまったのです。氷上神社の本社は祭神を変えましたが分社はそのままだったのでこの神社に瀬織津姫の名が残っていたのです。

15844911_1382893708439885_921204606700054780_o.jpg


瀬織津姫は人間の罪と穢れの一切を祓い潔める祓戸の神として大祓の祝詞に登場する女神です。
神道の儀式は祓い清めにあるので瀬織津姫は大変重要な女神です。ところが古事記・日本書紀には全く名前が記されていないのです。瀬織津姫はときの権力者によって意図的に隠された女神なのです。
氷上神社は初めての参拝です。昔は「日の神」と言っていたようです。無資格の神社なので地図に出てきません。住所近くのお年寄りは知りません。お巡りさんも知りませんでした。

15826434_1382893925106530_5719848854919684366_n.jpg


村社の宮司さんに聞いてようやくわかりました。氷上神社の鳥居が朽ちて参道は荒れていました。山道を20分以上歩いた山の頂上付近に氷上神社は鎮座していました。正月は初詣で賑わう神社ですがここは野鳥が鳴いているだけで訪れる人が誰もいません。瀬織津舞を奉納しました。

15843994_1382893838439872_2936759623897789330_o.jpg


明治の頃、地域の人々の信仰対象だった神社は中央集権的に村社・無資格の序列がつけられて強制的に神社が統廃合されました。このときに国津神から天津神に神名を変えた神社も沢山ありました。鎮守の森は欲望の対象となり木は売り払われ何万という無資格の神社が消滅しました。それでも産土神として村人に親近感をもって信仰されていた無格社の神社は存続していました。

15873216_1382893798439876_9175570569330444190_n.jpg


高度成長の60年代、TVが普及するようになって若者は物質的豊かさを求めるようになり農業をやめてお金を求めて都会へ働きに出るようになりました。村では人間関係が希薄になって祭りが行われなくなり田畑は荒廃していきました。熊との接近遭遇が増えたのも熊と都市との境界線だった里山の荒廃と関係しています。

里山の5割以上が無居住地化しつつあります。延々と縄文時代から継続してきた神々と自然と村人をやさしく包んでいた里山の共同体は消えていったのです。

本来神社は魂が再生されて生きていることの感謝と喜びが湧いて元気になる場所なのです。

ところが神社の注連縄(しめなわ)がビニールになったり、鎮守の森が消滅してコンクリートで覆われたりで、気の場が乱れて、聖地の機能が消滅している神社が多くなっています。

そして氏子が少なくなった神社は荒廃の一途をたどっています。すでに消滅した神社も多く、かろうじて残っている神社も訪れる人がいない神社は消滅の危機に瀕しています。神社が活力を失ってしまえば日本も衰退してしまうでしょう。
スポンサーサイト
2016/11/23

おおあさ(大麻)

日本の神道は大麻がないと成り立たちませんでした。古代の人々は大麻に神霊が寄りつくと考えていました。
大麻は情報であるエネルギーを転写するのです。お祓いの時には大麻に祓戸の大神が寄りつきます。その筆頭の女神が瀬織津姫です。神社で鈴を鳴らしますがその「鈴緒(すずのお)」の縄も大麻です。大麻は罪や穢れや祓う神聖なものとされていました。

15085737_1332831373446119_7793049545424835985_n.jpg

神主の装束も麻で織っています。神道の穢れを祓う道具が大麻でした。社殿のない場所で祭儀を行うときの神籬(ひもろぎ)は榊(さかき)に折った紙を垂らす紙垂(かみしで)に麻をつけたものでした。
昔から大麻は穢れを祓う力があると信じられていたので伊勢神宮の御祓大麻(おはらいたいま )は何百万枚も配布されています。相撲では麻で編んだ太いしめ繩のことを横綱といっています。

15181175_1332831343446122_5619971677098202173_n.jpg



日本人は昔から麻糸でへその緒を切り、麻を素材にした弓弦、凧糸、かつおの釣り糸や漁網を使い、麻の茎の入った家に住み、麻の鼻緒で作った下駄を履き、麻布でできた着物や褌(ふんどし)を身に付け、麻の蚊帳の中で麻糸で作った畳の上で眠っていました。
天照大神が天の岩戸に隠れた時に八咫鏡(やたのかがみ)と眞経津鏡(まふつのかがみ)と大麻をかけた榊(さかき)を持ち、天岩戸が細めに開いた時天照大神に鏡を差し出したのが太玉命(ふとたまのみこと)別名大麻比古(おおあさひこ)でした。
天皇が「大嘗祭」において儀式のときに着用する神衣(かむそ)は麻の織物でできています。天皇の代が変わる時、新しい天皇は大麻で出来た鹿服(あらたえ)を着て神殿に一晩寝て天皇霊を受け次ぐ儀式をしていました。この鹿服(あらたえ)を天皇家に献上する家が「大麻比古」を氏神とする古代忌部(いんべ)氏でした。
出雲風土記では麻を蒔いた神としてアオハタサクサヒコ(青幡佐久佐彦命)がでてきます。八重垣神社の場所は昔佐久佐神社といいました。神社がある松江市佐草は昔、大草の郷と呼ばれ大麻が沢山茂っていました。

15202642_1332831350112788_1218321616247127457_n.jpg


饒速日命(ニギハヤヒ)を先祖とする穂積氏は仙台に麻の栽培を教えて青麻神社を建立しています。穂積(ほずみ)氏は鈴木氏の祖でもあり熊野三山の神職でもありました。日本はいたるところに大麻が沢山茂っていました。
ユダヤ教でも大麻は神聖とされていました。旧約聖書エゼキエル書第 44 章で「神殿に入るときには頭には亜麻布の冠をつけ、腰には亜麻布の袴をつけ麻の衣服を着なければならない。」と神は祭司に麻の服で聖と俗との区別つけるように指示しています。

大麻で芸能人が検挙されてよくニュースにでますが数多くの裁判を手がけた丸井英弘弁護士は大麻取締法は問題があるといっています。

大麻取締法で大麻の栽培、輸出入は懲役7年以下、所持、譲渡は懲役5年以下の罪に問われます。つまり大麻をただ持っているだけで誘拐と同じ悪質な犯罪とされてしまうのです。

ただし、テトラヒドロカンナビノール (THC)が含まれるのは葉と花冠なので繊維の素材となる茎や食用の種はTHCが含まれないので所持しても犯罪とはなりません。

大麻は幻覚性や中毒性があり危険な麻薬と思っている人が多いですが大麻には致死量がなく大麻摂取による死亡例は報告されていません。

法律を作って市民を保護する利益・権利のことを保護法益といいますが大麻取締法は、窃盗罪や傷害罪のような被害者が存在しません。

関係者の証言を聞いても大麻の作用は心身をリラックスさせるだけで犯罪性も反社会的な要素はなく憲法第一三条で保障された幸福追求権を否定した違憲なものであると丸井英弘弁護士は考えています。

厚生省や警察等取締当局や裁判所は「国民の保健衛生上の危害の防止」と説明していますが酒やタバコも有害なので為政者が恣意的に用いればすべて取り締まりの対象になってしまいます。

大麻取締法はきわめて保護法益が不明確なのです。つまり法律が成立する合理的妥当的な根拠がないのです。

最近のMRIなどを使用した医学的研究ではアルコールやニコチン、コカインよりも大麻が有害だと立証できなかったとされています。大麻が暴力や攻撃性、非行などの主因となるという事も否定されています。

ただし、ヘロインのような物理的な中毒性はなくともチョコレートのような心理的依存性があり煙による害もあるので大麻が全くの無害ではないことはお断りしておきます。

私は呼吸法のファシリテーターなので恍惚や陶酔に導く変性意識状態は煙を吸わない呼吸の方が健康的だとおもってます。
大麻取締法は占領米軍GHQによって1948年に制定されました。その当時のアメリカは大麻を規制していたのです。

大麻を規制した理由は1937年にアメリカで「大麻課税法」が制定されたように綿花の栽培業者、衣料の原料である合成繊維の石油業界、製紙の原料のパルプ業界の保護にあり大麻の禁止には経済的な理由がありました。

大麻は荒れ地や干ばつでも成長し、肥料や農薬も必要としません。大麻からは紙と建材が作られ土で分解するバイオプラスチックも作ることができました。麻の繊維から丈夫なロープも作れます。

中国では昔から鎮静の漢方薬として使われ、最近は緑内障、ガン、アルコール依存、アルツハイマー、鬱病の治療に注目を浴びています。

大麻は食料、油、衣服、紙、建材、薬として日本でも自給できる有益な植物ですが現代社会は不当な扱いをしているのです。

戦後、GHQの指導で大麻取締法という法律が出来て以来大麻は麻薬として取り締まりの対象になってしまいました。
終戦後、全国に600社あった大麻神社も改名を迫られましたが当時の神社庁と関係者は断固拒否して改名はなんとかまぬがれました。

しかし戦後の大麻栽培は犯罪と結びつくイメージが出来てしまったことと木綿に押されて日本の大麻産業は著しく衰退してしまいました。

繊維取得用に開発された大麻草(品種名:トチギシロ)は薬理成分テトラヒドロカンナビノール (THC)が含まれませんが栽培は大麻取締法のために認可制となっています。

今年の出張先は大麻関係の人々とよく出会いました。まるで麻の精霊が地球偶然一致制御局で仕事しているかのようでした。

丸井英弘弁護士インタビュー
http://www.asahi-net.or.jp/~is2h-mri/pent.html
大阪おおあさ自由学校事務局
http://ooasajg.blogspot.jp/p/blog-page.html
2016/10/21

「君の名は」日本人の無意識と共鳴する

14721472_1296842150378375_2902249216476995595_n.jpg

友人の強いおすすめにより「君の名は」を見てきた。

まず主人公の宮永三葉(ミツハ)の名前は古事記の弥都波能売神(みづはのめのかみ)『日本書紀』では罔象女神(みつはのめのかみ)がモデルだろうと思わせる。

ミヅハノメは泉などの水の出始めを表す水の女神である。そして落下する彗星の名前のティアマトはシュメールの水の女神である。シュメールの太陽系神話ではニビルの衛星とティアマトが衝突してティアマトは二つに分かれ、その内の一つは粉々になり小惑星帯となり、もう一つは地球と月になった。監督はゼカリア・シッチンの「謎の惑星ニビル」から着想を得たのだろう。もう一人の主人公の名前が男子高校生の「立花瀧(タキ)」でどちらも水に関係している。

消えたミツハの故郷は監督の故郷に近い諏訪湖がモデルといわれている。ミツハは神社の娘で映画で巫女舞を踊るが、それは新海監督の出身地、長野県の佐久市にある新海三社(しんかいさんしゃ)神社の巫女舞の浦安の舞そのままである。

新海三社神社では年に一度映画にでてくる口噛み酒を奉納する儀式が行われているという。お酒を作る職人を杜氏(とうじ、とじ)と呼ぶが元は女性の尊称を表すトベからきていた。古代日本のリーダーは女性でトベという尊称で呼ばれていた。ミツハのお父さんが神社の婿養子なのは古代の母系社会を思わせる。

ミツハの実家、宮水神社のご神体は磐座である。磐座で主人公の立花瀧(タキ)は口噛み酒を飲み次元を超える体験をする。日本の神体山の山頂には必ず磐座がある。古事記でイザナギとイザナミはこの世とあの世の境にある千曳岩を挟んで会話した。死者と生者の間の通信装置が磐座だった。古代の神事は磐座で舞う祭儀を執り行い神々とつながるのである。

大空から星が三つに分かれて落ちた伝説がある大阪交野の星田妙見宮を白鳥さんに案内していただいたことがある。妙見山には織女石(おりめいし)という磐座があり、星田妙見宮の祭神は牽牛・織女の二神である。天の川が流れる星田の里には天女である七曜の星の一つが地上に降り羽衣を隠され天に帰れず妻となり、その子が部族の長となる七星型羽衣伝説がある。この地は古代物部氏が支配していた。星田には物部氏の祖神ニギハヤヒを祀る磐船神社が鎮座している。

君の名の男女が入れ替わるストーリーはすぐに平安時代後期に成立した物語を思い来させた。やっぱり劇場パンフレットに「とりかへばや」をモチーフにしたとある。

ユング心理学では男性の中に現れる女性像をアニマ、女性の中に現れる男性像をアニムスという。

アニメーションの語源はラテン語で霊魂を意味するアニマに由来し生命のない動かないものに命を与えて動かすことを意味する。巨石や巨木、泉や山に精霊が宿るとする信仰はアニミズムと呼ばれているがアニマからきている。石が神の依代としてそこに神が顕現するのである。

男性性と女性性はバランスが取れることで全体性が保たれるが、映画では男性的傾向が強い女性の奥寺ミキが主人公のタキに入れ替わったミツハの女性性に惹かれるというエピソードがでてくる。

男性性は分離、独立し、女性性は一つに融合、調和する。

現代の理論物理学は複数の宇宙の存在を仮定している。泡のように多数存在する並行宇宙の集団が,もっと大きな「マルチバース(多宇宙)」を形作る構造になっている。並行宇宙同士は相互に影響しあい関係している。

この映画では時間が過去現在未来と一直線に流れない。映画の重要な言葉が「組紐」に出てくるムスビである。「よりあつまって形を作り、人をつなげることも、糸をつなげることもムスビ。捻れて絡まって、 ときには戻って、途切れ、またつながることもムスビ。時間が流れることもすべてムスビ」は非物質的な微細な世界サトルの領域を表している。非物質的な領域の時間と空間はねじれている。

「ムスビ」つまり「むすひ」は結ぶこと男性性と女性性が一つになることを意味している。ムスヒがついた日本神話の神様の名前タカムスヒ、カミムスヒは陰陽和合の象徴になっている。

そして映画にでてくる究極の問いが『あなたは誰だ。』である。

人間の魂は本来、神の世界に属しているが肉体に閉じ込められ、本来の神性を忘れて眠っている。しかし、儀式や啓示によって自分自身の本質に気づくことで、肉体の囚われから解放される。転生輪廻の苦しみから解放された魂は物質的な肉体から自由になって神と融合する。それまで魂はマトリックスの中で深い眠りに陥って自分が誰であるか忘れている。それが密議宗教の基本構造である。

自分が何者かの問いが起きるのは目が覚めた時に意識と肉体が分離していることに気がついた時である。大いなる全体から分離していることに気がつくと全体を求めて魂の探求の旅が始まる。囚われから離れて目覚めると陰陽のエネルギーは螺旋状に上昇し一つになる。それが神聖結婚である。

主人公のミツハとタキは時間と空間という次元を超えて影響しあい結ばれるという魂の旅のストーリーになっている。誰もがミツハとタキであり記憶を失った状態で魂の旅をしている。

映画では最後に二人は四谷の須賀神社で出会う。須賀神社の祭神はスサノオである。出雲の須賀の地にある須我神社は「日本初之宮(にほんはつのみや)とよばれスサノオとクシナダヒメが結ばれた地であり奥宮には磐座がある。日本の国の始まりは大陸からやってきた渡来人であるスサノオが母系の先住民クシナダヒメの婿養子になったことを示唆する。終わりは始まりである。

「君の名は」は日本人の無意識に潜む「象徴」「比喩」「暗示」が重層的に含まれている作品だった。

写真は黄昏時の諏訪湖
2016/07/28

唐松神社

秋田にある唐松神社に参拝してきた。伝承によると蘇我氏に破れた物部守屋の子那加世(ナカヨ)が鳥取男速(トトリオハヤ)という臣下に守られ蝦夷の地、秋田県に亡命。唐松神社の宮司は、この物部の子孫だと言う。現在は安産と子授けの神様として知られている。物部氏は古代日本に君臨した謎の氏族で藤原氏が権力をもっていた時代に物部氏の痕跡は消されてしまったようだ。




ニギハヤヒを祀る天日宮。膨大な玉石を敷き詰めてあり前方後円墳そっくり。このような作りの神社は聞いた事がなく異質。おそらく、他には見られない構造ではないだろうか。物部宮司の話によると代々物部家に伝わる史料に作り方が書いてあり、その通りに復元しているという。

259947_171222262940375_6851658_n.jpg

日本書紀や先代旧事本紀によるとニギハヤヒはアマテラスから十種の神宝を授かり天磐船に乗って河内国河上哮峯(いかるがのみね)に天降り、更に大和の鳥見(登美)の白庭山に遷ったとされている。哮峯(いかるがのみね)は今の生駒山で別名ニギハヤヒの山とよばれている。 天日宮のニギハヤヒは物部の祖先神だろう。

247491_171222386273696_7529885_n.jpg



251057_171222226273712_428401_n.jpg


抱石男石(授る)玉鉾石(結縁子安)女石(安産)の三石、女性は左周り男性は右周りに3回廻って石を触ると願望が成就すると言われている。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。