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2019/01/27

魂の成長



生きていると必ず絶望の縁に立たされる事があります。心配や不安が起きてくる状況は誰でも避けたいと思います。避けれない事態が起きたその時に、目を背けて逃げるか、それともしっかり向き合って自分を見つめるかで、その人の生き方は変わって来ます。
否定的な感情が現れるとマインドは瞬時に蓋をして内側の感情を見ないように、感じないようにしてしまいます。マインドは即座に反応して避けようとするのです。

支配的な親から「競争心を持て、絶対に負けるな。常に勝たなければいけない」という条件つけを受けた人は弱い自我では世間からはじき飛ばされてしまうのではないかという恐怖を持っています。恐ろしい状態にならないように自我を強化して(心理的な鎧)弱みを見せない生き方をします。ですから一見強そうに見える人でも実は弱さをもっています。

内側で起きている欲求が満たされないと代理の欲求で外側を満たそうとします。しかし、本当の欲求ではないので、満足することはありません。結局、代理欲求はどんどん増幅を続けてしまうという特徴があります。

現代社会の代理欲求は社会的な名誉や地位であったりお金や物に対する欲望であったりします。
しかし、社会的な地位や名誉を築いた人や金持ちがかならずしも幸せとは言えないのです。
本当の欲求が満たされないかぎり、代理欲求を満たす行動をいくらとっても本当の満足が得られないからです。

消費世界では心の分離感をお金と物で埋めようと大量消費に走ります。しかし、いくら物を買い集めても心の隙間は決して埋まりません。本当に求めているのはお金や物ではなく人との愛情あふれたつながりだからだです。

欲望はかぎりないのでそれに囚われてしまうと、偽りの欲求を続ける人生で終わってしまいます。また地球の資源は有限なので、欲望のまま消費を続けてしまえば地球の資源は枯渇し環境は崩壊してしまうでしょう。

現代は競争社会なので組織の部分として機能することを社会は要求します。何の疑問ももたずに部品として、機械の歯車としてピラミッド社会に適応しようとしますが、人間は部品ではないので自分がしたくないことをしていると必ず心の状態が不安定になります。

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心に悩みをかかえた状態、心が不安定な状況というのは自分を大きく変えなくてはいけない事態になっています。自分はこういう人間だという自己イメージが崩壊しつつあるのです。

「いやだ。受け入れたくない。変わりたくない。」と言っても今までの古い自分ではもうやっていけないのですから、いやでも変わらざるをえないのです。

古い自己イメージが死んで新しい自己イメージが誕生するプロセスを16世紀スペインの神秘家「十字架の聖ヨハネ」は「魂の暗夜」といいました。新しい朝を迎えるには暗い夜を経過しなくてはならないのです。

ユングは魂の成長、実存的変容と呼びました。サナギが蝶になって飛び立つのです。

実存的変容が起きると頭の中でいやなことから逃げたいと思っても、今までの存在を否定する恐怖が浮上して来ます。今まで自分だと思っていた自分は偽りの自分だったのです。自我は自分の死に恐怖して怯えます。突然の恐怖に抵抗すると、全く身動きできない状況や呼吸困難、過呼吸、自失状態、錯乱状態になったりすることもあります。

安定した自己イメージは生命力である生の衝動のエロスが維持します。保守的な状態はエロスの衝動に身をまかせていて死の衝動であるタナトスをさけています。ところが、エロスが弱まるとタナトスの力が強まってバランスが崩れて自己イメージは崩壊します。

自我は不安から逃げるために、映画を見たり、酒を飲んだり、友達と長電話したり、仕事に没頭したり、ショッピングをしたり、ケーキやチョコを食べたり、一時的に蓋をして葛藤をさけようとしています。
しかし、それはあとまわしにすることになりますから、避けても最終的には自分自身の問題と直面せざるえをえません。
実存的な問題に本格的に直面しないでこういった局面を回避していても阻害されたエネルギーの流れは表面化してきます。
それが体に出て来ると不快な症状という病気の問題が出て来ます。体ではなく心の問題として起こる事もあるでしょう。両方とも一緒に、あるいは社会的な問題として出てくる事もあるかもしれません。

実存的なプロセスを無視して、体だけを治しても実存的な問題はそのままなので、心や対人関係に問題が浮上して来ます。実存的な問題を抜きにして心の問題だけをセラピーなどで処置してしても今度は身体の問題として出て来るでしょう。

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内部で変化が起きている時に蓋をした場合、抑圧する力が強いほど対抗する力も強まってしまいます。強く抑圧しているうちに突然、激しい行動表現が起きて、自我が崩壊します。その時、上昇して成長するか。下降して退行してしまうかの選択があります。
社会的経済的問題に出会う事もなく、大きな病気もせず、心の問題を感じないで、一見平凡な人生を送って来た人でも、肉体の死を迎える時に大きく実存的危機をむかえるようです。実存的変容は誰も避けては通れない道なのです。

変容が突発的に起きた場合は自我がいったい何が起きているか理解できないので下降して退行してしまいます。変容が自覚的に行なわれた場合は上昇して意識の進化・成長が起きるのです。

変容が起きることはチャンスです。体と頭が元気なうちに、自覚の訓練をして、変容が起きたときに慌てない準備をしておいた方がいいと思います。
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2019/01/24

変容して羽ばたく時



人間の影響が全地球規模になった現在
地球規模で文明が崩壊する可能性が高くなっています。

持続可能な社会に移行するには
人々の協力が必要なのはいうまでもありませんが
新しい制度やシステムを作るだけではうまくいかないでしょう。

人間の意識が根本的に変化しない限り、
いくら外側の制度を変えても、
外に敵をつくって暴力をふるう人間の残虐性が終らないからです。

戦争と暴力が絶える事がなかったのが人類の歴史です。
その原因は人間の心の構造と無関係ではありません。
古代の神秘家によって意識の多くのことはすでに明らかにされてきました。
しかし、その知識は長い間、秘密にされてきました。

新しい時代を迎えるには
いままで植え付けられた古い意識を根こそぎ変えなくてはならないでしょう。

機械のような眠ったままの意識で互いに殺しあい、
欲望のまま資源を貪り、
地球環境を破壊してきたからです。

今、起きている危機は
今までの社会のあり方ではこれからやっていけないというメッセージです。

それは社会を構成している私たちの考え方、ライフスタイルの終焉も意味しています。

新しい文明のヴィジョンはすでに持っています。

自らが作った病で自分が滅びることに気がつき始めた人々による、企みが密かに始まっています。
全く知らない人々によって企みが同時に進行しています。

お互いに連絡を取ることもなく、
内なる力の導きにしたがって、
同時多発的に起きています。

そして、物事が緩慢に進んで何の変化もないように見えても、
ゆらぎがある臨界値を超えると、突然、プロセスが急激に加速して変容が起きます。

水面下で進行していた企みが突然表に現れます。
人類はさなぎから脱皮して蝶に変容して羽ばたきます。
その時すべてが明らかになるでしょう。
2019/01/24

全ては現れ消え去り



月は欠けたり満ちたりするように見えますが
月そのものは変わりません。
月は満ちては欠けるを繰り返し、
心の表層もまた
喜怒哀楽を繰り返しています。
全ては現れ消え去り移り変わっています。
光があたってもあたらなくとも
月の本質が変わらないように、
あなたの本質も変わりません。
思考が静まっても静まらなくとも
本当の私は変わらずにいまここに在ります。
欠けている心はどこにもありません。
2019/01/24

仮面


ママチ遺跡 北海道千歳市ママチ遺跡 重要文化財


古代の人々は自然の神秘に心を開いていました。
風、雨、雷の自然現象から炎や水、岩や動植物の全てのものが人と同じように生きており、その根源のエネルギーを神や精霊と呼んだのです。
どの部族にも精霊と交流したシャーマンがいました。魂の病が起きるとシャーマンは歌や踊りの儀式で生命エネルギーを呼び覚まして魂の危機を克服します。
そのイニシエーションでは苦痛に満ちた自分の死を目撃します。その苦痛の中で日常的思考から離れた意識の変容を経過することで霊的世界と交流したのです。
縄文時代はイニシエーションとして刺青や抜歯が行われていました。鼻が曲がった縄文土面は苦痛の象徴だと言われています。縄文の仮面は顔につけられるように紐を通す穴が開けられていました。仮面をつけて踊り唄うことが出来たのです。奇怪な表情をした仮面と同化して精霊の世界に入ったのです。

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鼻曲り仮面 縄文 岩手県蒔前(まくまえ)遺跡出土

アメリカ・インディアンの呪医は次のように語っています。「真実は二つの顔をもってこの世にやってくる。ひとつは苦痛を感じて悲しんでいる顔、もうひとつは笑っている顔だ。だが、笑っていようと泣いていようと、同じひとつの顔に変わりはない」
先生・生徒の仮面。父親・母親の仮面。夫・妻の仮面。上司・部下の仮面。虚勢を張った仮面。世間体を気にする仮面。現代人は無数の仮面を持っています。
仮面を自分と思っているので本当の自分がわかりません。仮面を脱ぎ捨てたつもりでも、その下には別な仮面をすでにつけています。本来の面目に会えないのです。
隣の席に座った見ず知らずの人と気さくに話をしていた時に誰かにこの人は年商数兆円の会社の社長さんよ言われただけでその人を見る目が違ってしまいます。誰もが仮面に影響されています。肩書きに縛られています。偽りの仮面にエネルギーを浪費しているのです。
自由に生きるためにはこの仮面から解放される必要があります。もう一度子宮の中に戻り必要な栄養を与えられ再誕生する必要がありました。それが死と再生の儀式です。
子宮の中で胎盤の癒着、奇形、成長の停止が起きて誕生がうまくいかない比喩が魂の病です。現代では精神病と呼んでいます。無意識の海でシャーマンは泳ぎますが精神が病んでいる人は溺れるのです。
多くの伝統で魂は鳥として描かれています。羽の生えたヘルメスの靴や天使に羽が生えているのはその象徴です。
シャーマンの魂は鳥のように飛び地上世界の境界を越えて天上世界または地下世界へ行ってそこで知恵と力を得て再び戻ってきます。シャーマンは生と死の世界を自由に飛び回ることができました。
心の中にある無意識のエネルギーを制御できなければ神々は恐ろしい姿で現れ凄まじい破壊を世界にもたらします。荒ぶる神々が表れる内側の無意識のエネルギーと和解する方法を学ばなければなりません。
儀式という弓で魂は矢となって飛ばされ的に当たります。普通のシャーマンは先祖の領域までしか飛びませんが、優れた弓の力で飛ばされたヨガ行者の魂はブラフマンという的に当たり矢と的が一体になります。
矢と的が一体になった陰陽和合の言霊がヤマトです。


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鼻曲り仮面 縄文 六ヶ所村上尾馼遺跡

アメリカインディアンは自然の神秘を偉大なる精霊グレートスピリットと呼びました。
万物が循環する中心にいるグレートスピリットは始まりも終わりもない永遠の存在です。
グレート・スピリットのもとでは主従・上下関係がなく全ての生き物は平等であり、尊敬されるべき存在でした。
「大地は私の体である。
空は私の体である。
四季は私の体である。
大河も私の体である。
世界は私の体と同じ大きさを持ち、
私の言葉と同じ広さを持つ。
また、世界は私の祈りと同じ広さを持つ。
四季は私の体、
私の言葉、
私の祈りと同じ大きさだ。
水も同じである。
私の体、私の言葉、
私の祈りは大河よりも偉大だ。
私を信じる者、
私の言うことに耳を傾ける者は、
みな長生きをするだろう。
耳を傾けない者、
邪悪な考え方をする者は短命である。
私が単に東、南、西、
あるいは北にいるだけだと思ってはならない。
大地は私の体である。私はいる。
私はいたるところにいる。
私が地中や空中だけに、
あるいは四季のなかや
大河の向こう岸にだけ
とどまっていると思ってはならない。
いずれも私の体なのである。」
ヒカリヤ・アパッチ族
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