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2018/08/31

賢治の『ほんたうのしあわせ』



宮澤賢治が生まれる2ヶ月前の明治29年6月15日に東北では死者1万8158人をだした三陸大津波が発生しています。
賢治が生まれた5日後の8月31日には陸羽大地震 があって岩手の水田は亀裂・陥没で稲の成熟が遅れ田畑とも収穫が半分になりました。
その後も岩手は凶作が続き明治35年は米の収穫が三割 明治38年は米の収穫が半分まで落ち込んでいます。
明治末から大正初期の東北農村は、日露戦争による増税と凶作によって非常に疲弊していて、それにたびたび天災による凶作に襲われていました。
そのような時代に賢治はこの世に誕生したのです。

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賢治の母方の祖父宮澤善治は雑貨商で巨万の富を築いていました。賢治の父親の家は古着と質屋をしていました。生活が困窮した農民の家財道具を担保に金を貸したその利子で暮らしていました。
凶作のたびに飢餓に苦しむ悲惨な現実に身を置く農民と対極に担保を取り上げる非情さで財を成したのが宮澤一族でした。
宮澤家の長男の賢治はそんな家業をつがねばならない自分の身の上を嫌悪していました。
賢治は父親に反発して東京に家出をしてフリーター暮らしをしました。が、その東京で賢治は保坂という最大の親友を失い、傷心して父親のいる花巻へ戻ることになりました。賢治の家出は失敗に終わりました。
そして、花巻に帰った賢治を待ち受けていたのは最愛の妹トシの他界でした。
賢治は押し入れの中に入って、布団に顔を突っ込み泣いて、泣き明かしました。

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嘆き悲しんだ賢治は「トシの魂はどこにいるのだろうか。どうか良い所へいってくれ」とトシの行方を捜しもとめて青森・北海道経由で樺太へ旅をしました。

「あいつはこんなさびしい停車場を
たったひとりで通っていったらうか
どこへ行くともわからないその方向を
どの種類の世界へはいるともしれないそのみちを
たったひとりでさびしくあるいて行ったらうか」

「そのままさびしい林のなかのいっぴきの鳥になったのだらうか」

「とし子はみんなが死ぬとなづける
そのやりかたを通って行き
それからさきどこへ行ったかわからない
それはおれたちの空間の方向ではかれない
感ぜられない方向を感じようとするときは
だれだってみんなぐるぐるする」青森挽歌

三次元世界の賢治の人生は挫折と失敗の連続であり、すべて中途半端に終わりました。
『ほんたうのしあわせ』にたどりつくことができなかったように見えます。
賢治の志は未完のまま終わったと考える人もいるとおもいます。

「すべてこれらの命題は心象や時間それ自身の性質として第四次延長のなかで主張されます」春と修羅・序


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トシの死によって賢治は魂の暗い夜に入りましたが賢治を次元上昇させました。
青森挽歌で賢治は次のようにいっています。

「感ずることのあまり新鮮にすぎるとき
それを概念化することは
きちがいにならないための
生物体の自衛作用だけれども
いつまでもまもってばかりいられない」青森挽歌

自我は自己防衛機制を持っているので情動から逃れようと思考が作り出す物語の中に逃げ込んでしまいます。
「ほんたうのしあわせ」は概念という思考の次元を超えているので説明がつかない形で現れてくるのです。

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「巨きな人生劇場は時間の軸を移動して不滅の四次の芸術をなす」農民芸術概論
三次元の人生劇場では毎日、悲劇喜劇が演じられています。

その芝居と自分を同一化して、よろこびや悲しみを感じている観客がマインドです。
人生で受け入れられない経験をすると、不快な感情や重たい気分に巻き込まれてマインドは苦悩します。
快と不快、喜びと悲しみ、愛と憎しみ、成功と失敗、二つの世界がひとつになって演じられている「何もない空間」が自己の本性です。
三次元を超えたその空間全体が本当の自分です。

役者が去って芝居が終わっても演じられていた空っぽの空間は始まる前と何も変わることなく存在しています。
芝居の中で恐ろしい死が演じられても本当の自分が死ぬわけではありません。芝居から自己の本質が影響を受けることはありません。
本当の自分は芝居が終わっても変わらずに存在し続けます。真理探求の道は変化し続けるものの背後でけっして変わらない「ほんとうの自分」「まことのひかり」を見つけ出すことなのです。

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賢治は詩「春と修羅」で自分を修羅といいました。
賢治は貧しい人々から搾取する家業に嫌悪感を持っていました。
父親に反発しながらも経済的に依存せざるをえない自分の立場に葛藤して修羅の道と呼んだのです。
修羅場から脱出する方法は自分の行為を大いなる存在に明け渡すことでした。

「すべてあるがごとくにあり
かがやくごとにかがやくもの」青森挽歌

「あるがごとく」つまり、悩み苦しむ自分の修羅をまるごと全部あるがままに受け入れるのです。

世界と自分を分離させていた思考を外すと世界はひとつに光り輝いています。

ジョバンニはダイヤモンドをばらまいたようなまばゆい光に包まれて次元を飛び越えました。

「なにがしあわせかわからないです。ほんとうにどんなつらいことでもそれがただしいみちを進む中でのできごとなら、峠の上りも下りもみんなほんとうの幸福に近づく一あしずつですから」銀河鉄道の夜

「日は君臨し 輝きの 太陽系は 真昼なり
   険しき旅の 中にして 我ら光の 道を踏む」花巻農学校「精神歌」
険しい旅路の途上そのものが天上界の光の道なのです。

「あいつはどこへ堕ちようともう無上道に属している」青森挽歌
トシはこの上ないさとりの世界に属していました。どんなに苦しい道を歩いていても無上道という「ほんたうのしあわせ」の道を歩いていたのです。

賢治が感動した法華経序品では次のように言っています。
「そのとき、釈尊は眉間から一条の光を放った。その光は東に向かい、一万八千の世界を照らし出した。下は地獄 から上は天に至るまで、世界のすべてのものを照らし出した。」法華経序品

永遠の光はすべてを照らし出します。闇は光の不在なので、光がさすと闇は一瞬にして消えます。

「私という現象は仮定された有機交流電燈のひとつの青い照明です」春と修羅・序

わたしという自我に実体はなく
他の存在との関係性の中で
有機的に交流して
せわしく明滅している
青い照明なのです。
私の中に全てがあります。

「すべてがわたくしの中のみんなであるやうに
みんなのおのおののなかのすべてですから」春と修羅

「世界がぜんたい幸福にならないうち は個人の幸福はあり得ない」農民芸術概論

「なにもかにも透明だ
水や光や風ぜんたいがわたくしなのだ」種山ケ原
すべては全体で全体以外のものはないのです
全体は光で満ち溢れています。

光以外のものはなにもなく
「罪や、かなしみでさへそこでは聖くきれいにかゞやいてゐる。」のです。

「もし風や光の中に自分を忘れ
世界がじぶんの庭になり、
あるいは恍惚として
銀河系全体をひとりのじぶんだと感じるときは
たのしいことではありませんか」
清六への手紙

「けれどももし、おまえがほんとうに勉強して、実験でちゃんとほんとうの考えと、うその考えを分けてしまえば、その実験の方法さえきまれば、もう信仰も科学と同じようになる」銀河鉄道の夜 ブルカニロ博士
ほんとうの知性と偽りの知性の違いがわかれば思考の罠にはまらなくなるでしょう。

「すべてまことのひかりのなかに、いっしょにすむ人は、いつでもいっしょに行くのです。いつまでもほろびるということはありません」(めくらぶどうと虹)

本当の自分はほろびることがありません。
まことの光はほろびることがない永遠の光なのです。

自己の本質が生まれることも死ぬこともない永遠の存在だということを法華経では「久遠の仏(ダルマカーヤ)」といいました。

本当の自分が消えることがない「まことの光」です。
それは得ることも失うこともありません。

宇宙を信頼して絶えず変化していく存在の流れを尊重して委ねてゆく事ができれば、どんな困難な状況でもその出来事全体のプロセスは意識の進化と成長をもたらします。
起きてくる出来事を透明な眼差しで見つめ続ける事ができれば、それまで、狭い視野で世界を見ていた自分の硬直したパターンに気がつくことができます。
無意識に持ち込んだ過去の葛藤や表現できなかったエネルギーは価値判断を持ち込まない透明な眼差しを持ち続ける事で完全に解放された心の本質に到達します。

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童話「マグノリアの木」で主人公はマグノリアの白い花が咲いているところを求めて、厳しい山や谷をいくつもいくつも登ったり下ったり、沓の底を踏み抜きながらも捜し求めます。

ところがマグノリアの白い花はいくら捜せど見つからず、ついに疲れ果てて座り込んでしまいます。
ふと、今自分がいままで歩いてきた方向に目をやると、山谷の刻みいちめんまっ白にマグノリアの木の花が咲いているのでした。

「マグノリアの木」の主人公とは賢治です。
「ほんたうのしあわせは」の象徴がマグノリアの花です。
マグノリアの花はどこか遠い峰々に咲いているのではありません。
歩いてきた道程すべてにマグノリアの花が咲いていました。

歩いているいまここに「ほんたうのしあわせ」があり探して歩いている時も「ほんたうのしあわせ」の只中にいつもいたのです。
私たちの周りにマグノリアの花はいつも咲いています。

「ほんたうのしあわせ」はまなぐあげよく見るといまここにいつもあるのでした。


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