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2018/10/16

何ごとも恐れることはない


子供から大人になる青春期や、突然仕事が変わって、いままでの役割が通用しなくなったり、子供が巣立って子育ての役割が失われた母親など、今までの価値観や考え方が通用しなくなるとアイディンティークライシス(心理的な自我の危機状況)に陥ります。

人間の心は階層構造になっており下位の意識構造を越えて成長する時は変容の危機が浮上してきます。

16世紀のスペインの偉大な神秘家、聖テレサは魂の成長を繭に包まれたサナギの状態からチョウに変容する例えで話しています。魂は変容の途上で恐ろしいまでの暗い闇に入ります。

サナギから脱皮するとき「いままでのどんな苦しみよりさらに激しい耐えがたいほどの拷問のような苦しみを味わう」と聖テレサは述べています。

古い自我を超える時には死のイメージが浮上するのです。探求の途上で変容が急激に起きると自我がそれを受け止めることができないので混乱して絶望的な気持ちに襲われます。

新しい自我が再生されるまでは果てしなく永遠と続く迷路に迷い込んだように思います。
自我は起こってくることに不安を感じて恐怖のあまり抵抗します。必死で思考を巡らせますが、それはかえって事態をむずかしくしてしまいます。

変容の危機を通り抜ける最善の手段は宇宙を完全に信頼して、そのプロセスにゆだねることです。

なにが起きても、なにがあっても、逃げないでいまここにいて、自覚を持って受け入れることです。どんな最悪と思えることが起きてもかならずそれは通り過ぎます。

アビラの聖テレサはサナギである自我の死を迎えることで、サナギから小さな白いチョウが生まれて魂は祝福されると証言しています。

神との合一は、魂のもっとも深い中心で起こります。それは比類のない歓喜に満ちたものですが長くは続きません。
聖テレサは神と一つになる神聖な合一を次のように述べています。
「合一は、二本のローソクによって象徴されます。二本のローソクの先を合わせると炎はただ一つになります。しかし二本のローソクが、他のローソクから引き離されると、再び二つのローソクに分かれます。

思考に同一化することをやめてリラックスすると自他を分ける境界が消え観照意識だけがある微細な領域に気がつきます。

聖テレサはこの状態を「知性は働かずに休み、小さな小窓から何が行われているか覗かせてくれる」と表現しています。
キリスト教神秘主義の聖婚に至る段階は「交際」「婚約」「結婚」に例えられます。そのプロセスを浄化、照明、神との合一と表現します。

「神との融合は 雨水が、川の流れの上に、降り注ぐようなものです。同じ一つの液体になりきってしまうので、再び雨水と川水に分れることはないのです。あるいは大きな二つの窓から光が注ぎ込む部屋のようなものです。分かれて入って来た光は部屋のなかで一つになります。」

最後に小さなチョウは炎に向かって進み再生するために光の中で幸福に死にます。

聖テレサは最後の「合一」の段階の上に「合一の生活」を置きました。神と融合した状態で日常の生活に帰った状態です。
禅の十牛図の最終段階である悟りを、日常の生活に生かす「入鄽垂手」(にってんすいしゅ)のようです。

10月15日はアビラの聖テレサの祝日です。
聖テレジアは1582年に67歳で亡くなりました。9ヶ月後、掘り起こされましたが記録によると遺体は腐敗していませんでした。

『人生のあゆみ
何ごとも心を乱すことなく
何ごとも恐れることはない
すべては過ぎ去っていく
神のみ変わることがない
忍耐はすべてをかちとる
神をもつ者には
何も欠けることがない
神のみで満たされる』アビラの聖テレジア
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