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2018/12/26

聖母のお告げ

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1854年、教皇ピウス9世によって聖母マリアは無原罪の状態で受胎し、処女を守ったままイエスを出産したという「聖母無原罪のお宿り」信仰を公認しました。

それ以降、おびただしい数の「聖母出現」の奇跡が頻発しました。19世紀のマリア出現はルルドの奇蹟をはじめ20回以上に及びます。その出現は20世紀に入っても衰えず、カトリックではマリアの時代とよんでいます。
以前から聖母マリアは、悪魔を打ち破り、あらゆる災いから人々を救済し、信者を天国に導いてくれる女神として、熱烈に崇拝されていました。

ポーランド最大の巡礼地ヤスナ・グラ修道院の「チェンストホヴァの黒い聖母像」は毎年1千万人を超えるカトリック信者が、世界各地から訪れます。ポーランドは東欧圏で最初に法皇となったヨハネ=パウロ二世の祖国でした。
1981年5月13日ヨハネ=パウロ二世はバチカンのサン・ピエトロ広場にて、トルコ人マフィアのメフメト・アリ・アジャから銃撃され重傷を追いましたが奇跡的に弾丸はわずかに心臓をそれました。この日はロシア革命のすぐ後にファティマに聖母が現れた記念日でした。法皇は弾丸で穴が空いた布を「チェンストホヴァの聖母」に捧げました。
ヨハネ=パウロ二世は説教でマリアを熱心に賞賛しました。共産主義が現れたのも、第二次世界大戦も法皇の母国ポーランドの共産圏が崩壊したのも法皇にはすべて聖母マリアの思し召しと映ったのでしょう。

ロシア最後の皇后アレクサンドラはプロテスタントからロシア正教に改宗して「この地の哀れな民度の低い未開のロシアの人々を救うために神の聖母はかならず立ち上がってくださいます」と手紙に書いています。それからロシア革命が起きて多数の聖堂や修道院が閉鎖され、52人の主教のうち40人が銃殺されて信徒多数のほか皇后アレクサンドラ一家全員も処刑されて財産は没収されてしまいました。
聖母が立ち上がるように祈っても必ずしも命が助かるとは限らないようです。

終末の世に太陽を身にまとった聖母マリアが現れることがヨハネの黙示録に書かれています。「また、大いなるしるしが天に現れた。一人の女が太陽を着て、足の下に月を踏み、その頭に十二の星の冠をかぶっていた」 (ヨハネの黙示録12章1)。
この黙示録から「勝利のマリア」と呼ばれるマリア像が作られました。マリアに抱かれた幼子のキリストは槍でドラゴンを突いています。マリアが踏む月は征服されたアルテミスなど月の女神を象徴しています。ドラゴンはキリスト教にしたがわない異教徒でした。

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ちなみに1941年12月8日に日本軍がハワイの真珠湾攻撃をしたその日は聖母マリアの無原罪の姿りの祝日でした。終戦の引き金となった長崎の原爆は聖母マリアのために献げられた浦上天主堂の真上に投下されました。そして戦争が集結した、1945年8月15日は聖母マリア被昇天の大祝日で、戦争状態を終結させるためのサンフランシスコ講和条約が行われた1951年9月8日は聖母マリアの誕生日でいずれも聖母マリアの記念日でした。

20世紀から21世紀に変わる世紀末はおびただしいほどの聖母のお告げがありました。

肉体を持たない知的存在とコミニュケーションを行なうことを精神世界ではチャネリングとびます。
聖書はそのチャネリングの宝庫です。 (マタイ伝10-20)「語る者は、あなたがたではなく、あなたがたの中にあって語る父の霊である。」 (ルカ伝8-23) イエスは彼らに言われた、「あなたがたは下から出た者だが、わたしは上からきた者である。あなたがたはこの世の者であるが、わたしはこの世の者ではない。 (ヨハネ伝 3-34) 神がおつかわしになったかたは、神の言葉を語る。神は聖霊を限りなく賜うからである。(ヨハネ伝 10-38)そうすれば、父がわたしにおり、また、わたしが父におることを知って悟るであろう」

自分はキリストであると宣言すれば医者は幻聴や幻覚として精神病の範疇に入れてしまいます。
キリストだと信じている精神病患者が複数入院している患者は自分だけがキリストで、他人をキリストと認めません。
自我は自分が特別だということを求めます。自己を否定されて傷ついた人はひとかどの人物としてまわりから認めてもらいたい評価欲求をもっています。終末論的な世界観は精神病患者の妄想にもあらわれるので、精神科の先生にかかると、声が聞こえた人はすべてパラノイアか統合失調症にされてしまうでしょう。

原始キリスト教の時代はカリスマ性のあるチャネラーが沢山いて一派をなし教会を起こしていました。それぞれ勝手にイエスのメッセージを受け取り、自分が本物でお互いに相手を偽物だと非難していました。そこでチャネリングの真偽を識別する必要がでてきたのです。
(ヨハネ第一の手紙4-1~3)愛する者たちよ。すべての霊を信じることはしないで、それらの霊が神から出たものであるかどうか、ためしなさい。多くのにせ預言者が世に出てきているからである。すなわち、イエス・キリストが肉体をとってこられたことを告白する霊は、すべて神から出ているものであり、イエスを告白しない霊は、すべて神から出ているものではない。これは、反キリストの霊である。 」
教会の教義に逆らうものは反キリスト、つまりサタンの手先として排除されました。聖母マリアは公認されていたので聖母マリアのお告げといえばよかったのです。

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20世紀から21世紀に変わる世紀末はおびただしいほどの聖母のお告げがありました。その予言はだいたい「世の終わりは近い、悔い改めよ」で聖書の内容とほぼかわりありません。

涙を流しながら世界中に表れた聖母はこう告げています。
オリヴェト・シトラ(イタリア)「世界は奈落の淵にあります。祈りなさい、特に大きな国の為政者のために祈りなさい。なぜなら、彼らは、戦争を計画し、暴力を拡大することに忙しくて、祈る時間がないからです」(1985年11月2日)
ダマス(シリア)「私の子供たちよ、神のことを思い出しなさい。神は私たちと共におられます。あなたがたは全てを知っていますが、同時に何も知っていません。あなたがたの知識は不完全なのです。神が私を御存知のように、あなたがたが全てのことをよく分かる日がくるでしょう。あなたがたに悪を行なう人々を大切に扱いなさい、そして誰に対しても冷たい扱いをしてはなりません」(1982年12月18日)


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私の中の聖母マリア(ソフィア)はこう告げています。
私たちの知覚は思考によって制限されています。
言葉で作り上げた概念で世界を理解しています。
心の中に浮かび上がる考えを真実と思い込んでいます。
世界から切り離されているという間違った思い込みで生きています。
本来の姿から遠く離れた状態で過ごしています。
あるがままの神の世界を分離して見ているのです。
思考に同化することをしないでいると
頭で考えていた自分は存在しないということがわかります。
そのとき、他人の自我も自分の自我も受けいれることができます。
自分がいないということは同時に自分はすべてだということです。
他者を非難したり嫌悪している自分はいません。
絶え間なく浮かんでは消える流れがあるだけで
思考する私はどこにもいません。
すべては神であり、愛であり、虚空であり、全体なのです。
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