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2019/02/17

神聖結婚



キリスト教は神の前ですべての人は平等だということになっています。

「そこではもはやユダヤ人やギリシャ人もなく、奴隷も自由な身分の者もなく、男も女もありません。あなたがたは皆イエス・キリストにおいて一つなのです。」 新約聖書「ガラテヤ人の手紙」

しかし、パウロ殉教後に書かれた「ペテロの手紙」には「妻たちよ、自分の夫に従いなさい。」と男女の上下関係を認める発言をしています。

ユダヤ教が誕生した時代は男性中心の社会が強固に確立していました。

創世記に「お前のはらみの苦しみを大きなものにする。お前は苦しんで子を産む。お前は男を求め、男はお前を支配する」
第一テモテ「アダムはだまされませんでしたが女は騙されて、罪をおかしてしまいました」

シラ書25章には「女から罪は始まり、女のせいで皆死ぬことになった」と書かれてあります。
父権社会の強い条件付けを受けて育った聖書の書き手はその影響化に置かれていました。

2世紀から3世紀の神学者テリトゥリアヌスは激しく女性を罵りました。
「女よお前は痛みと苦しみの中で子を産む。アダムが最初に作られそれからエヴァが作られた。女は夫の支配下にあり、夫がお前の主人である。アダムは騙されなかったが女は騙されて罪をおかした。女に対する神の告発は続いている。お前は最初に神の権威を弱めた。お前は悪魔の部屋だ。お前は巧みに男を負かした。お前の値打ち、死は神の息子の死に値した。」

女性は本質的に悪であり不浄、低俗で愚かで感情的で女性は男性の所有物であり、女性は男性の命令をおとなしく聞かなければならないと考えていたのです。

コロサイ人への手紙で「若いやもめは結婚して子を産み、家をおさめ、そして、反対者にそしられるすきを作らないようにしてほしい。」といっているように初期のキリスト教徒の師父達は迫害を受けないように外の目を気にしていました。

結婚しない女性や結婚しても子供を産む能力のない女性は先祖か本人が罪を犯した結果であるとみていたように父権社会の女性は徹底的に差別されていたのです。

「妻を離婚する者はみな,それが淫行のゆえでないならば,彼女を姦淫にさらすのであり,だれでも,離婚された女と結婚する者は姦淫を犯すことになる」(第一コリント人への手紙7章)

「慎み深く、純潔で、家事に努め、善良で、自分の夫に従順である」のが父権社会の女性像でした。

「聖なる者たちすべての教会でそうであるように、婦人たちは、教会では黙っていなさい。婦人たち には語ることが許されていません。律法も言っているように、婦人たちは従う者でありなさい。何か知りたいことがあったら、家で夫に聞きなさい。」 (第一コリント人への手紙)

父権社会の強い条件付けを受けていた初期キリスト教の教師達が大勢いました。福音書は神の霊感によって書かれていると信じている人がいますが父権社会の条件付けの影響化に置かれて書かれた記述の箇所もあるのです。

古代オリエントでは、父と母と子の三位一体が見られ、子は父と母の代理でした。神は父でもあり、母でもあって神には性差はありませんでした。

正統派原始キリスト教会は父と母と子の三位一体の教義から母性を排除して男性だけの父と子と精霊の教義にしてしまったのです。それを受け継いだローマカトリック教会は現在も女性司祭がいません。

ユダヤ・キリスト教の聖書には男性原理が強く見られますが最初からそうだったわけではなく、本来、女性性の側面も持っていました。
異端とされた聖書外伝の「ヘブル人の福音書」には「わたしの母である精霊は、わたしの髪をつかんで、偉大なタルボ山へ連れて行った。」とあります。「聖霊」を表すギリシア語は男性名詞ですが、 ヘブル語で霊(ルア)は女性名詞なので精霊は女性を表していたのです。
紀元前9世紀と8世紀の複数の遺跡からヤハウェの妻としてアシェラの名が書かれた碑文が発見されました。古代イスラエルではアシェラというヤハウェの妻がいたのです。

旧約聖書でカナンの豊穣の神バールと、女神アシェラを悪魔として非難する記述が40箇所も出てきます。

紀元前1250年頃に鉄器時代が始まると荒ぶる男神を崇拝する戦士の部族が大地母神の肥沃な土地に侵入してきました。最高神だった女神の神格は降格になり侵略者の神の妻にされました。

アシェラは古代イラン語のashaからきている大地母神アシェラトのヘブル語読みです。紀元前2500年頃まで古代オリエントは大地母神が神々の中心でした。

アシェラトは神々の母、豊穣の女神として紀元前1450年頃から紀元前1200年頃にかけて栄えたシリアの古代都市ウガリットから出土した粘土板の神話に最高神エルの妻としてでてきます。
古代メソポタミアのギルガメシュ叙事詩や聖書などの神話の構造を見ると、それ以前の古い神話を借用して新しく作られる神話の中に混合させて新しい支配者の物語が作られています。

ウガリットが滅びると最高神エルはユダヤの神ヤハウェに吸収されアシェラトはエルの神格を引き継いだヤハウェの妻となったのです。
母権社会から父権社会へ移行する創世神話の段階を分析すると次のようになります。
●夫なしに女神から生まれた世界
●夫に孕ませられた女神から生まれた世界
●戦いの男神によって女神のからだから作られた世界
●男神ひとりによって創造された世界

旧約聖書のイスラエルの神は怒ったり、殺すなと言いながら冷酷で残酷だったりします。
旧約聖書の申命記に出てくる神は征服した住民を幼子をふくめ全員皆殺しにするように命ずる箇所があります。他の神を祀る異教の影響をイスラエルの民が影響を受けないためだというのです。排他的で独裁的で非寛容なことこのうえない神です。

神には二つの姿があってインドでは人間の思考を超えている記述不可能な絶対的超越的な実在をニルグナ・ブラフマンといい知的に解釈可能な、目に見える人格的な存在をサグナ・ブラフマンとしています。
旧約聖書の神は父権社会に移行してしまった時代の人格神の神なのです。

神を父とみなす信仰は父権社会の条件付けを強化するのに好都合でした。
新約聖書「女が教えたり、男の上に立ったりすることを、わたしは許さない。むしろ、静かにしているべきである。」(第一テモテ2-12)
この記述はイエスの死後、キリスト教には女性のリーダーがいて実際に女性が男性の上に立ちリーダーシップをとっていた事がわかります。

共観福音書を注意深く読むとマグダラのマリアはイエスと一緒に行動し最初に復活したイエスを目撃した女性として書かれています。
そして聖書はその後、マグダラのマリアの記述は全く姿を消してしまいます。

さらにマルコ伝の後に成立したとされるルカ伝24-33ではイエスに最初に会ったのはマグダラのマリアではなくペテロだったことになっています。

ルカは明らかにマルコやマタイに書かれていた女性の役割を削除したり男性の弟子の評価を高める書き込みを付け加えていました。
1945年にナグ・ハマディで「マグダラのマリアによる福音書」が発見されました。マグダラのマリアは自己の本質を知った(グノーシス)目の見える女性としてイエスの最も優れた後継者として書かれています。

「マリアよ、恵まれた者よ、あなたの中にわたしはすべての高さの秘儀を完成する。自信をもって語りなさい。なぜなら、あなたはどの兄弟にも増して、こころが天の支配に向いているからである。」ピスティス・ソフィア

異端とされた共同体は、正統派の司教、司祭、助祭、平信徒のようなピラミッド型階級制をとらず、完全な男女平等で、そして秘儀参入をはたしてグノーシスを得た人々によって役割を常に交代していました。
教父テリトゥリアヌスは女性祭司に激怒して「あのマムシ」と罵りこう言いました。

「これら異端の女ども、彼女達はなんと厚かましいことか。彼女達には慎み深さというものがない。大胆にも教え、論争に耽り、悪魔払いを行い、治癒行為をし、洗礼さえ授けている。」

正統派は「女には教会で話すことも、教えることも、洗礼を授けることも、聖餐を授けることも、男性のいかなる機能に参与することも許されない。ましてや聖職につこうなどということは、決して許されない。」と教会規定を設けて教会での女性の発言を封じました。
女性は神学を学んだり教えたりすることから締め出されてしまいました。聖書は男性に向かって書かれ、男性によって翻訳され、男性によって注釈がかかれ、男性によって説教されてきました。

正統派(オーソドックス)による国家の力を背景に異端とされたキリスト教の諸派は徹底的に弾圧されました。6世紀には膨大なグノーシス派の文献はほぼすべて破棄され失われてしまいました。

それが、1500年経ってから現代に突然、失われたトマス・ユダ・マリアの福音書が現代によみがったのです。
バランスを取り戻すために女性性が表に出ようとしているかのようです。

キリスト教の結婚式で妻たる者よ、主に仕えるようにと「エペソ人への手紙」が読まれます。そして続いて「この奥義は大きい」とでてきます。

結婚式は奥義(ラテン語でサクラメント)なので1度結婚してしまえば教会の規則では離婚できません。
本来の奥義は霊的なもので神の国との一致のことでした。

自己の本質こそが神の国でありそれがグノーシスだったのです。
それは奥義なので一度、自己の本質を知ってしまうともう後には(離婚)戻れないのです。
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