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2016/10/08

マインドを見ている私

鎌倉ユニティで個人セッションを受けたえつこさんより以下の感想をいただきました。

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はじまる前に、セッションの内容について約1時間ほどの説明がありました。
こんなことが起きるかもしれない、こうなった場合はこうしてください、などなど…。
あらかじめ展開が予想できたのはよかったですが、「へー。そんなこと、あるのかな?」とひとごとのように聞いていました。
…が、セッションがはじまると、実際にそんなことばかりがあったのです。衝撃でした。
最初は、本当に手がしびれてきました。けっこう強いしびれだったのでびっくりしました。(説明通りでした。)
そして、呼吸なので、「それなら私もだいじょうぶ」と思っていたのですが、これも大間違いでした。
呼吸が、…できないのです。(説明通りでした。)
誘導してもらうのですが、「できません~」「痛い~」と、こころの中で叫んでいました。
これまで自分では出来ていると思っていた呼吸は、実のところ私の人生のクセが表われていたことがわかりました。
音楽がこれまたすごくて、私の内側の感情に伴うように、絶妙なタイミングで流れてきます。もうその頃は、睡眠状態のような、なのに意識はしっかりしていて、不思議感覚のまっただ中でした。
ほどなくして呼吸ができるようになった頃、ツーッと涙が流れてきました。(説明通りでした。なにがあってもそのままにしておくように、と。)
そのときに、まっくらな闇がやってきました。
でも、寒くて暗い闇ではなくて、どこかあたたかな闇でした。
「源」を思い出して、「…帰りたい」。そう思いました。
どこに帰るって、それは「死」のような世界だったのかもしれません。
意識だけが存在する...。
自分が死ぬときって、こんな風になるのかもしれないです。疑似体験でした。
としばらくしたら、明るい光がぱーっと射してきました。
母のお腹のなかに帰ったのです。それはまだ産まれる前の、とてもしあわせな空間でした。(このあとの自分の人生から、出産後のサバイバルがはじまったんですね。)
一瞬にして「生」と「死」を体験しましたが、どちらもとても平和でした。
そして、母に「産んでくれてありがとう。」という感謝の想いがやってきました。
それだけでもインナーチャイルドは癒されたと思いますが、ほどなく足にエネルギーを感じました。
私は普段足を感じることがあまりないので、「生きていることへの感謝」へとつながりました。
そうしているうちに、頭へもエネルギーが湧いてきて、あっと云う間に全身がエネルギーで充電されました。
これが、案内にあった「身体にエネルギーが充電されるようになるので元気になるでしょう。」のことですね。
そして、今回最大の恩恵だと思ったのが、
①マインドがちいさくなって、
②それを見ている私がいました。
まずマインドについてですが、普段はボリューム8ぐらいに感じるマインドのおしゃべりの割合が、ボリューム2ぐらいになったのです。

別にマインドがなくなった訳ではないのですが、量がすこしになって、その分「何もないスペース」が広がりました。意識が拡大したみたいです。
これが、瞑想で云うところ
の「マインドはあっていいのです。」の境地だと実感しました。
そして、そのちいさなボリューム2のマインドが小声であれこれ言っているのは聞こえてくるのですが、そこに振り回されないで、どこか遠くからそれを見ているような自分がいました。
これが、「観照」と云うものかもしれないし、幽体離脱しているような気すらしました。(これまでそんな経験はいっさいなしです。)

そして、「あれ?今日の私、「マインド」と「フィーリング」と「身体」の3つが同時に働いていることを体感している。」って。それもやはり遠くから見て、気づいていたのですよ。
私、特別な才能もないふつうの人間です。すごくないですか?
友邦さんの著書「覚醒の真実」に「覚醒は特別なことではない」とあるのですが、こんな風にある日私にも覚醒なるものが訪れました。
http://ameblo.jp/nobara-rose/entry-12206429115.html より
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