2016/10/12

神遊び

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先日、行われた早池峰夜神楽にいってきた。古代の人々は神が顕現する場所にしめ縄をはり供え物をして感謝の祈りを捧げた。神楽も神様を迎える場所に神の依代である神籬(ひもろぎ)を立ててそこで舞う。以前に神楽を舞っているお年寄りから神楽は「神遊びだ」と聞いたことがある。


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山の幸や畑の豊作を祈願する「シヌグ遊び」「海神祭(ウンジャミ)」などの行事の神踊りを沖縄では「遊びピラモト神」や「縄遊び」と呼び昔は単に「あしび(遊び)」といった。
沖縄の「あしび(遊び)」とは祭りの場の呪術的な歌舞のことを指していた。
巫女の巫という字は天と地をつなぐ中心のまわりで踊る人を表している。
神歌を歌いながら円陣を踊るうちに巫女はトランス状態に入り神になるのである。
久高島のイザイホーの巫女の歌舞もすべて「遊び」と称していた。
アメノワカヒコが高天原の神々の命令に背いたので矢で射殺される神話がある。アメノワカヒコの妻子家族は八日八夜歌舞飲食をして遊んだと古事記に出てくる。古代には遊部という役所もあった。


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魂を慰め霊を弔うことが鎮魂と解釈されているが本来の鎮魂は「ツミ」「ケガレ(穢れ)」を払い魂を再生させることだった。
遊びは魂を失って病的な状態にある者に元気を吹き込んで魂を再生させることにある。それが古代の鎮魂法だった。
神遊びといえばインド哲学のリーラという言葉が浮かぶ。この世は神が作ったマーヤー(幻影)でありそこに神自身が降り立ち、遊ぶことを「リーラ」と呼んだ。
神はこの「マーヤー」で遊ぶために記憶をたち自分で自分が神であることを忘れた。その記憶喪失の神を人間という。
困難なことがあるとつい深刻になってしまうがこの世のすべてはリーラ(神の遊び)なのである。
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