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2017/07/04

母系から父系へ

日本は狩猟採集の縄文から農耕社会の弥生へ、そして中央集権国家へと移行して行く過程において、母系から父系へと変わっていきました。

古墳時代前期末(4世紀後半頃)築造の大阪の和泉黄金塚古墳は中央の人物とその身内と思われる二人が葬られています19577179_1587812917947962_2983657986732527988_o.jpg

中央の人物は首長階級の女性の棺で外側の粘土床から、景初三年銘の平縁画文帯神獣鏡が出土しています。景初三年は邪馬台国の卑弥呼が魏に使いを送った西暦239年にあたります。画文帯神獣鏡は三世紀初めにほとんど生産が終わっているとみられているので鏡は大切に使われて受け継がれていたのでしょう。

三角縁神獣鏡は中国からは全く出土せず日本からは世に存在しない景初四年の年号を含む500枚を超える枚数が発掘されているので多くは日本で模倣された国内製の鏡と見られています。呉は280年に滅亡しているので亡命した呉の職人が製作したという説もあります。

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霊力が宿る鏡は人間と神との間を繋げる神具であり神の世界に入る入り口でした。カガミ(鏡)から「ガ(我)」をとるとカミ(神)になります。

神社のご神体に鏡が多いのは明治二十八年に政府が法令で

「白銅円鏡で、天神地祇と天皇は径一尺(約30cm)、その他の神は七寸(約21cm)、背面に神名を刻み、つまみに紅紐をつけ、金襴の袋に納めて柳箱に入れる。それを白平絹の入帷(いれかたびら)に包んで、さらに檜白木造の辛櫃に納める。」と定めたことによります。

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自然信仰の時代は山や川、巨木や岩あらゆるものが神でした。

縄文は母系社会でした。古代の部族のリーダーは女性だったのです。弥生になって古墳時代の前半までそれが続いていました。

古墳の埋葬者の研究によると5世紀までの古墳に埋葬されていたのは夫婦と子供ではなく姉弟、兄妹のキョウダイでした。

『古事記』、『日本書紀』、『風土記』には女性が呪術(祭祀)を行う首長で男性が軍事と政治をおこなうヒメヒコ制があったことが書かれています。

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邪馬台国では女性の卑弥呼が王で長官にヒコ(卑狗)がいました。卑弥呼のヒミはヒメミコで「ヒメ」のことではないかと思います。
推古天皇がヒメで甥の聖徳太子(ヒコ)が政治をこなったのもヒメヒコ制でしょう。女性が首長だったので古代に女性天皇が多いのはそのためです。

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5世紀後半からはキョウダイと父が埋葬されるようになり6世紀前半からキョウダイと両親が埋葬されるようになりました。

つまり母系から双系へ、そして父系に変わっていったことをしめしているのでしょう。古墳の副葬品も呪術的なものから武器や馬具に変わっていったのです。


古墳時代の中国は戦乱が続く三国時代で人口が七分の一にまで減少しています。母系から父系の移行はこのことが影響しているのかもしれません。


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