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2018/05/20

アラハバキ神



先日、仙台と住田町の荒脛巾神社を相次いで参拝してきました。
「アラハバキ神」は文献にほとんど出てこない謎の神と言われています。
アラハバキ神は皇祖神とは異なる神で『古事記』や『日本書紀』が編纂される前の日本列島に先住していた人々が信仰していた神なのです。
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奥州を支配していた安倍氏は神武天皇が東征して奈良で戦った登美の長脛彦の兄安日彦をその始祖しています。その安倍氏はアラハバキ神を氏神としていました。
『陸奥抄史』に住田町と遠野の界にある貞任山に荒覇吐神社があったことが記されています。住田町にアラハバキ神社が今もあります。

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アラハバキ神を祀る神社の多くに磐座があり、おそらく古代では岩の上で巫女が祭祀をおこなっていたと思います。
沖ノ島最古の岩上祭祀の時代に鉄製品が祭祀品として使われていました。鉄が入ってくると縄文の人々はその輝きに神の神聖さを感じたと思います。
鉄の塊をアラハバキ神の御神体としている神社も多いのです。

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宮城県多賀城市のアラハバキ神社(荒脛巾神社)の隣では鍛冶・製鉄の神天目一箇神を祀っていました。
『古語拾遺』によれば、岩戸隠れの際に刀斧・鉄鐸を造ったのが天目一箇神で筑紫国・伊勢国の忌部氏の祖としています。『古事記』に製鉄を行った鍛冶の神として天津麻羅(あまつまら)が出て来ますが、神や命がもちいられずに呼び捨てにされています。天津麻羅(あまつまら)は天目一神(あめのまひとつのかみ)と同神とされています。

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天津麻良はニギハヤヒが天磐船に乗って降下する時、供奉した五部人の中の一人であり、物部系氏族の祖神となっています。
天之久之比命(あめのくしひ)の別名は天目一神で大物主と三穂津姫の夫婦神を祀る村屋坐彌冨都比売神社(むらやにいますみふつひめじんじゃ)の末社久須須美神社(若宮恵比須神社)に祀られています。また、天之久之比命(あめのくしひ)は天目一箇神(あめのまひとつのみこと)の別名天津彦根命(あまつひこねのみこと)を祀る多度神社の末社鉾立社(ほこたてしゃ)の祭神として祀られています。

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「海部氏勘注系図」によると天目一箇神は滋賀県野洲の御上山の祭神で海部氏(アマべ)の祖先に当たります。
『播磨国風土記』の託賀郡(多可郡)の条には天目一箇神が女神・道主日女命(みちぬしひめのみこと)と天目一神との間の子と記されています。
道主日女命(みちぬしひめのみこと)は「海部氏勘注系図」で天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊(アマテルクニテルヒコアメノホアカリクシタマニギハヤヒノミコト=アメノホアカリとニギハヤヒが合体した神名)の妻とされています。
伊勢神宮の荒祭宮は伊勢の地主神でアラハバキ神の姫神を祀っていると言われています。別な文献では伊勢神宮の荒祭宮は瀬織津姫です。ニギハヤヒと瀬織津姫は物部氏の祖神です。

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荒覇吐の「荒(アラ)」は、山伏やタタラでは「鉄」を意味し、蛇はハハ、ハバとも呼ぶのでアラハバキ神は鉄の蛇ということになります。
整理すると、アラハバキ神は神武以前の蛇を象徴とする大物主=ニギハヤヒを祖先とする製鉄の技術を持っていた物部氏と関係が深い神だということがわかります。神武天皇はたたら製鉄のタタラの名前を持っている大物主の娘と結婚しています。
アラハバキ神とは蛇を信仰していた縄文の人々と大陸から製鉄技術をもっていた人々と混血した神なのです。製鉄技術を持っていた物部氏と縄文の末裔が混血したのが蝦夷で、その末裔がアラハバキ神を氏神とした安倍氏です。アラハバキ神を祀る神社は出雲から青森まで広範囲に渡っています。
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