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2018/06/12

呪術師カスタネダ



10年間段ボール箱に入ったままだったカルロス・カスタネダの本を処分しました。
70年代はこのカスタネダの話題で持ちきりでした。

当時20代だった私は71年にバスの中でソノラ砂漠を横切りながらカスタネダを読んだ吉福さんから話を聞いたり、「気流の鳴る音」を出版した見田さん(真木悠介)のゼミに行ったこともありました。

「チベット死者の書」「Be Here Now」「カスタネダの呪術師シリーズ」は当時の若者にとってバイブルのようなものでした。
カスタネダはアメリカの若者に大きな影響を与えたのです。ドンファンから教わった夢の中で意識を覚醒させて自分の手を見る訓練をしたのもこのころです。
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カスタネダの最初の本「呪術師と私」が出版された1968年は歴史のターニングポイントの年でした。
社会主義政権下のポーランドのワルシャワ大学では民主化を要求した「3月事件」、
チェコでは民主化を要求してソ連が軍事加入した「プラハの春」、パリでは学生によるゼネスト、メキシコでは民主化要求デモに警官隊が発砲し学生が200〜300人が死亡しています。
全世界で学生が民主化を求めて大規模なデモが発生して世界が震撼した年でした。

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ナイジェリアではビアフラ(Biafra)戦争により数百万人が餓死しています。
アメリカではマーティン・ルーサー・キング牧師とロバート・F・ケネディ上院議員が暗殺され、北ベトナムで「テト攻勢」が起きてかつてないほどのベトナム反戦運動の高まりが起きていました。
ヘイトアシュベリー地区ではティモシー・リアリー 、グレイトフル・デッド、ヘルズ・エンジェルズなど反体制の大集会「Be-In(ヒューマン・ビーイン)」がおこなわれていました。
サイケデリック革命が起き、ヒッピーが社会現象となってドロップアウトをする若者は激増し、サンフランシスコのヘイト・アシュベリーを目指したのがこの頃です。
ヘイト・アシュベリー地区で資本主義社会から解放されるために原始共産社会のコミューンを作ることを目指して、無料の食料配給が行われていました。ゴールデンゲートパークには舞台が作られ、グレイトフル・デッドやジャニス・ジョプリン、ジョージ・ハリスン等のロック・バンドやジャズ・バンド等による演奏や詩の朗読、サイケデリック革命の進行やベトナム戦争への反対を主張する演説等、様々なパフォーマンスが行われていました。
そして1968年はビートルズが高次の意識を求めてインドの旅に出た年です。
「人生にとって大事なことは自分が何者で、どこに行こうとしていて、どこから来たのか?それを自分に問いただすことだと思った。」ジョージ・ハリスン
探求者たちはありとあらゆるサイケデリックを試し、インドやネパール、日本に行き、ヨガ、瞑想、禅の修行に励み、エサレンやエストなどのサイコセラピーやワークショップに突き進んだのです。
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文化人類学の学生だったカルロス・カスタネダは1961年から1971年までのおよそ10年間インディオ、ヤキ族のシャーマン「ファン・マトゥス」に弟子入りして、知者の訓練の様子をフィールドノートして10冊以上の書物に残しています。
この本は事実かフィクションか随分話題になりました。本に出てくるカルロスはじれったいほど物分かりの悪い紋切型のステレオタイプとして登場するのでフィクションであることは歴然としています。
本に登場する主人公のカルロスとは作者のカスタネダに内在していた、偏狭的な近代合理主義のマインドを類型化したものだと言えます。

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カスタネダがナワールを自覚することで自分の無意識の領域、夢、恐怖、病的な神経症の状態を客観視できるようになったことは事実でしょう。
そのようなことでは事実かフィクションかは抹消的なことで問題にならなくなります。
ドン・ファンは「心ある道」を歩むようにカスタネダに教えます「ドン」は名前につけるスペイン語の敬称です。
ノートと筆記用具を手に持っていたカスタネダにドン・ファンは「歩くときには、手にはなにももつなと言っただろう。ナップサックを買え」と言います。カスタネダは体の不調を訴えていました。本当はどうしたいのか体に聞いてみなくてはいけません。カスタネダは頭で生きていたので盟友の声を聞くことができなかったのです。
戦士の戦いとは自分のなかのおしゃべりを止めて心のある道をあゆむことでした。
どんな道を進むにせよ、大切なのは【心ある道】を進むことだ。
心ある道は安らぎがあり、戦士は喜び、笑いながらその道と一つになることができる。
そしてたどり着いた先で、その結果や意味について何の関心も抱かない。
ドン・ファン「デビルズ・ウィードは知者の秘密へのひとつの道でしかないんだからな。他にも道はあるんだ。だが彼女の罠っていうのは、お前に道はそれだけなんだと信じこませちまうことなのさ。わしは、たったひとつの道、それに心がなかったら特に、その道のために一生をむだに生きるのはくだらんと言ってるんだ」
カスタネダ「だけど道に心がないってことをどうやって知るんだい?」
ドン・ファン「それを歩きはじめる前に聞いてみるんだ、この道には心があるか?とな。答えがノーならお前にはそれがわかる。そしたら別の道を選ばにゃならん」
カスタネダ「でも、どうすればその道に心があるかどうかはっきりわかるんだい?」
ドン・ファン「誰にだってわかるさ。ただ問題は誰も聞いてみないことだ」
ドン・ファン「わしにとっては心のある道を旅することだけしかない。
どんな道にせよ心のある道をだ。
そこをわしは旅する。
そしてその端までたどりつくのが唯一価値あることなのだ。
その道を目をみはって、息もせず旅して行くのだ」
カスタネダは戦士となり世界を自分の狩場に変えました。そして自分の経歴を消し去り、決まりきった習慣をやめ、人生の課題に対し責任を取るようになったのです。
カスタネダの死によっ著作は終了しました。最後の著作「無限の本質」でドン・ヘナロは広大な大地を抱き締める仕草をしました。戦士が旅で拠り所する存在は母なる大地しかないことを教えたのです。最後の教えは「大地を愛すること」でした。そしてこのシリーズは終わったのです。
さようならした本たちです。
ありがとうございました。
呪術師と私-ドン・ファンの教え
呪術の体験-分離したリアリティ
呪師に成る-イクストランへの旅
未知の次元-呪術師ドン・ファンとの対話
呪術の彼方へ-力の第二の環
呪術と夢見-イーグルの贈り物
意識への回帰-内からの炎
沈黙の力-意識の処女地
夢見の技法-超意識への飛翔
呪術の実践-古代メキシコ・シャーマンの知恵
無限の本質-呪術師との訣別
時の輪/カルロス・カスタネダ
境界を越えてーシャーマニズムの心理学
カルロス・カスタネダ/島田裕巳
呪術師カスタネダ/リチャード・デ・ミル+マーティン・マクマホーン
魔女の夢/フロリンダ・ドナー
気流の鳴る音/真木悠介
2018/05/30

偽りのスピリチュアル

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覚醒は教えることも説明することも覚醒にいたる方法も道もありません。なぜならすでにあなたは目覚めている完全な存在だからです。いにしえのマスター達はそう語っています。

すでに覚醒しているのならば、新たに覚醒をえようと努力をする必要がありません。新たに得るものは失う運命にあります。失うものは永遠のものではないからです。表れては消え去る刹那的な愛ではなく本当に価値があるのは消えることのない永遠の愛です。永遠のものは最初からもっているので新しく手に入れる必要がないのです。覚醒は何十年も瞑想修行の努力を重ねたのちに身につけたり、ようやくたどり着く境地ではないのです。覚醒が何か特別な神秘体験と思っている人もいますが、今ここにいつも自然にあるものなのです。

しかし、そのことを聞いただけで、直ちに全ての人が苦悩から解放されるわけではありません。「あなたは愛そのものです。あなたは大丈夫です。あるがままでいいんですよ。」は真実ですが、それだけではただの言葉や観念にすぎません。苦悩の素である未完了の否定的なエネルギーは無意識に残されたままになっています。

昔から沢山の瞑想法や修行システムがありました。

しかし、瞑想やワークは薬のようなものです。健康な人に薬は必要がありません。薬を必要とする人が適切に使用すれば薬は効果がありますが、薬と症状が合わず時期や間違った服用をすればかえって苦しんでしまいます。

現代は伝統的宗教の修行システムのかわりに商業主義的セミナーが沢山あります。アメリカの「人間可能性開発運動(ヒューマン・ポテンシャル・ムーブメント)」から生まれた商業主義的セミナーでは次のように語っています。

「本質的には、あなた自身は変わりません。しかし、あるがままの自分を認識し、それを受け入れ始めることによって、自分自身に対する感じ方や、物の見方に違いが生じ始め、その結果自分の行動にも変化が現われるかもしれません。そんなあなたを見てまわりの人は「あなたが変わった」と言うかもしれませんが、当セミナーではより本来の自分を表現するようになったと考えています。」

つまり、あなたはセミナーを受ける前も後も変わらないが「あるがままの自分」を理解し、受容するので、もの見方が変わり、人生を良くしようという意志が芽生えて、自己表現するのでまわりの人から変わったと言われるようになるというのです。

実はセミナーの講師だけではなくセラピストやヒーラーの言葉を聞いても、ものすごく真っ当な説明をしている所は多いです。

悟りや目覚めを簡単に得られると約束する教師のもとへと人々は行きますが、ところがどっこいそうは問屋がおろしません。

自己探求の道は自分で自分に光をあてる作業なので、「魂の暗夜」という、それまで気がつかずに隠れていたネガティヴな側面が浮かび上がるプロセスがあります。その最中は自分の中にある否定的側面と葛藤しなければなりません。それには持続的なエネルギーが要求され時間がかかることもあるのです。

会社に勤めている人にとって休みを取るのも大変な人もいますから、仏教の修行のように何十年も師について朝から晩まで修行するということは不可能なことでしょう。

結局、人々は時間をかけずに手っ取り早く、苦しみを解消してお手軽に自分を変えてくれそうな教師に飛びついてしまうのです。

生徒は心の中の理想化された全能の教師像を相手に投影しますが、霊的な教えを説く教師が全員かならずしも優れているとはかぎりません。善い教師の仮面をかぶって演じている人もいるからです。

自然体の自分ではない人格を演じていると抑圧された影の人格の内圧が高まります。かならず、何かをきっかけにそれが表に出てきます。しかし短い時間ならば自分が理想とする立派な人格を演じることができます。生徒の面前といないときの態度が違うので、長期にわたって、24時間、常に一緒にいないと見破るのは難しいのです。いつも演じられている人格しか見ていないのでわからないのです。ですから、立派な指導者のスキャンダルは一緒に暮らしていた奥さんやお手伝いさんによって週刊誌に暴露されます。

いつも変わらない教師の優しい笑顔の裏に抑圧した影の人格が潜んでいることが多いのです。恋人の関係だった時は優しかったのに同居してみると別な嫌いな人格が顔を出て別れたくなることと一緒です。嫌になるなら最初から付き合わなければいいのですが演じられた人格に騙されてしまうのです。

幼少時に愛を得られずに自我が分離したまま自尊心や自信の形成に失敗すると自己顕示性が肥大した自我が形成されやすくなり、能動的かつ受動的な行動表現するようになります。

能動的になると万能感や全能感を得ようとして人に対して支配的になりボス、教祖やグルとして支配、強制、暴力、攻撃、無理強いをします。

自分が「霊的に発達している」と主張して「自分は霊視ができる。過去世が分かる。あなたの守護霊はこう言っている。あなたには霊が憑いているのでこれをしなくてはだめ。オーラを見ると汚れているのでこれをしなさい。先祖供養をしていないから良縁に恵まれない不幸になっている」そうして、上から目線で一方的に決めつけ支配しようとします。

受動的になると「本当に思っていることを口に出すのは、きらわれるので危険だと思う。誰かが怒ったり、不機嫌になると居心地が悪い。もめ事を起こしたくないので、ノーといわなくてはいけない時にイエスと言ってしまう。問題が起きないようにするには、何があってもにこやかな笑みを絶やさないことだと思っている。思いやりがあって人には親切に、自分のしたいことを言わず。人を傷つけまいと自分に嘘をつく。いつもにこやかで、怒っていても冷静な振りをする。いい人を演じる。」自我を防衛し,現実と向き合うことを逃避して「あるがまま」の自分から離れています。

受動的な生徒は教師やグルなどの権威への盲目的服従、献身、忠誠、自分の外部の団体、組織への過度の依存となって現れます。

このような受動的な相談者の不安や恐怖をあおり、マインドコントロールして支配しようとする自称スピリチュアル・ティーチャー、スピリチュアル・カウンセラーは多いと思います。

ほとんどの人は絶え間のない思考に自動的に同化しているので、実態よりも自己イメージを大きく見せる教師やヒーラーの言葉にコロっと騙されてしまう人が多いのです。

自分の影に無自覚な精神世界の教師は霊性を口にはしても実際の行動パターンは非常に物質的な次元に還元されています。

ネットワークビジネスと自己啓発セミナーが重ってみえるのはネットワークビジネスは販売目標、自己啓発セミナーはセミナー勧誘の目標人数を定めて、お金の量や組織の人数を増やす事に価値を置いてそれに邁進してしまうところにあります。

現代社会は物質世界の呪縛が非常に強いのでスピリチュアルなことをしているつもりでも、いつのまにか会員の数を誇ったり経済的成功や自尊心を満足することにすり替わってしまうことがあるのです。

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■東京 中野サンプラザ
寺山心一翁オフィス主催イベント
清水友邦トークショー
「偽りの世界を見破る 内なる女神の智慧」
2018年7月15日(日) 18:30~20:15
参加費:3,000円(事前振込)

詳しくは
http://www.shin-terayama.jp/lecture_180715-top.php

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2017/01/27

魂の暗夜

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探求の旅で急激な意識の変容が起きると16世紀のキリスト教神秘家十字架の聖ヨハネが語った「魂の暗夜」とよばれる魂の危機を経験します。

この危機の「機」は機会(チャンス)の機でもあります。この危機を通過することにより新しい意識の次元が現れます。

しかし、今までの人生で困難で受け入れがたい経験、恋愛の破綻、親しい人との死別などの人間関係の喪失、経済の破産、計画の失敗、挫折などを受け止めずに避けてきた人は欲圧されたエネルギーが蓄積されているので、「魂の暗夜」の最中に否定したエネルギーが再浮上してくるのです。

この探求の旅のプロセスは次のようになります。



1.セパレーション

今まで身につけていた偽りの自我がまわりの環境と合わなくなり葛藤が強くなって自我がゆらぎます。いままでに築き上げてきた物質的なもの、人生に価値があると思っていたもの、すべてが意味を失っていきます。

今までの古い自我を脱ぎ捨てることが起きます



2.イニシエーション

古い自我の境界を超える時にしまい込まれた過去の辛い記憶や否定的な情動と出会います。

シャーマンは地下世界へ旅たち、すさまじい拷問や試練を課す悪魔たちの攻撃を受ける経験をします。古事記のオオナムチは根の国へ行って苦しい困難な試練を受けます。

その葛藤をあるがままに受け入れることで未知の経験をします。自我の境界が溶けだし、通常の時間と空間の感覚を消失します。

超自然的なサトルの領域に入り、光と闇、善と悪、賞賛と嘲罵の相克の中で世界の創造と破壊のヴィジョンが現れます。



3.リターン

混乱の時期を過ぎると神と溶け合う経験をします。神と融合した「聖なる結婚」に至ります。

この経験は見る事も理解することも表現出来ないので6世紀の聖ディオニシウスは「神の暗闇」といいました。

十字架のヨハネは暗闇について魂はそれを識別することも命名することも出来ない。それを理解する事も説明する事、知らせる事も出来ない、語り得るような概念を形成することも出来ないと言っています。



マインドが停止したとき神と出会うのです。見る事も理解することも出来ない神との合一をどうやって理解するのかという問いに聖テレジアは「神のみが与えることが出来る心のうちに残された確信によって」と答えます。



偽りの自分から、ゆるぎない本当の自分に戻ります。
永遠の命と至福という宝物を手に入れるのです。

新しい自我を得て故郷(日常世界)に帰還します。古事記の英雄神話でオオナムチは試練を乗り越えスセリ姫と結婚をして人間界に戻り中つ国の王となります。

探求の旅は驚きと至福と美しさに満ちています。それと同時に困難と危険な旅でもあります。恐怖と悲しみと不安、深淵な虚無の暗黒が待ち受けています。探求の旅では目の前に繰り広げられる冒険に魅了される自我から影響されない自覚が要求されます。

日常の覚醒意識(グロス・粗大)浄化、夢を見ている状態(サトル・微細)照明、熟睡状態(コーザル・原因)合一、この3つの意識状態を通してどの段階にも影響されないのが観照者(プルシャ・アートマン)です。

夢を見ている(サトル・微細)段階では日常の覚醒意識はありません。眠っていて夢の中で起きる印象に巻き込まれたままです。観照者が目覚めていると眠っていても覚醒夢を見る事が出来ます。

熟睡状態では日常の覚醒意識は眠っているのでわかりません。熟睡状態(コーザル・原因)は無限の空間、空間を持たない空間、永遠の時間、時間がない時間、はてしない沈黙、今ここだけがあります。マインドは眠っているので精神的な喜びや至福を感じる事はありません。この沈黙をキリスト教神秘主義では暗闇と表現したのです。観照者が目覚めていなければコーザル(原因)の状態を知る事はできません。

観照者は3つの意識状態のどの段階にも存在しています。ですから瞑想の訓練をつんでいない人でも観照者を直感的に把握することは誰でもできるでしょう。自分が存在していることを知るのに時間は要らないのです。誰でも即座に知る事が出来るのです。本当は秘密などなく常にオープンにされていて隠されてはいないのです。
自分で目隠ししているだけなので自分で気がつけばそれはいまここにいつもあります。


偽りの自我が消えるとたちまち
光に照らされた朝もやのように
罪と悲しみは
百合たちの間にかすんでいくのです。

(百合はキリスト教で神への深い信頼、純粋さを象徴します)




The Dark Night of the Soul 魂の暗い夜

by Saint John of the Cross 十字架の聖ヨハネ
           
訳 清水友邦

song by Loreena McKennitt
from The Mast and Mirror

            

Upon a dark night
ある暗い夜
The flame of love was burning in my breast.
愛の炎が私の胸で燃えていた。
And by a lantern bright 
その燃える灯火をたよりに
I fled my house while all in quiet rest.
皆が寝静まっているあいだにわたしは家を出た

Shrouded by the night
夜の闇に包まれて
And by the secret star I quickly fled
隠された秘密の階段を使って素早く私は家を出た。
The veil concealed my eye
秘密のヴェールに眼が隠されて
While all within lay quiet as the dead.
死者のように静かに寝ているあいだに。

Oh night thou was my guide.
おお、汝は私の導き、
Oh night more loving than the rising sun.
おお、暁の太陽よりも麗しい夜よ、
Oh night that joined the lover
おお、私たちを結びし夜よ
To the beloved one
愛する者と愛される者を一つに
Transforming each of them into the other.
どちらも変えてしまった夜よ。

Upon that misty night
あの霧の夜、
In secrecy, beyond such mortal sight
秘密のうちに、誰にも気づかれることもなく
Without a guide or light
導きの光はただひとつ
Than that which burned so deeply in my heart.
わたしの心の奥深くに燃える炎のみ

That fire, ‘twas led me on
その炎がわたしを導く
And shone more bright than of the middy sun
真昼の太陽の輝きのように
To where he waited still
愛する人が待っている所へ
It was a place where no one else could come.
誰も来ることが出来ない秘密の隠れ家へ

Within my pounding heart
激しく高鳴るわたしのハートは
Which kept itself entirely for him
いとしい人のためだけのもの
He fell into his sleep
杉木立の下で眠るその人に
Beneath the cedars all my love I gave.
わたしは愛のすべてを捧げた

From o’er the fortress walls
砦の向こうから吹いてくる風が
The wind would brush his hair against his brow
愛する人の髪をとかし
And with its smoothest hand
滑らかなその手が
Caressed my every sense it would allow
すべてを抱きしめた

I lost myself to him
わたしはいなかった
And laid my face upon my lover’s breast
いとしい人の胸に顔を寄せると
And care and grief grew dim

罪と悲しみはかすんでいった
As in the morning’s mist became the light.
光に照らされた朝もやのように

There they dimmed amongst the lilies fair
百合たちの間にかすんでいった
There they dimmed amongst the lilies fair
百合たちの間にかすんでいった
There they dimmed amongst the lilies fair
百合たちの間にかすんでいった

下をクリックすると魂の暗い夜の歌が流れます。聴きながらどうぞ。

YouTube :Loreena McKennitt - The Dark Night Of The Soul
http://www.youtube.com/watch?v=MclLF473XtA


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清水友邦・ワークショップ in 花巻 

「あなたが死ぬまでは」
~古い自分の死と新しい自分の再生~
2017年 4月29日~5月1日 二泊三日 昼集合午後解散 

会場 岩手県花巻市健考館 酵素玄米と温泉の宿

早割あり

詳細はフェイスブックのイベントページで

https://www.facebook.com/events/671374403039883/

2016/10/12

透明な光のエネルギーと一つになる

私のセッションでクンダリニー覚醒がおきたのが当時ニューヨークに滞在していたMicaです。

彼女はもともとサイキック能力を持っていたのでニューヨークでは芸能人にも知られていた有名なサイキック・セラピストでした。

当時の彼女が関わっていたのが「がんは誰が治すのか」の著者でがん患者だった元コロンビア大学ガン研究センターの松野哲也教授でした。

Micaは松野教授の左足裏が、健康的な右側に比べて、弱々しく萎縮していることを指摘しました。それは物事を分析的にみる左脳の活動だけを優先する傾向を示し、右脳によって物事を無意識的に生き生きと捉えるはたらきが弱かったのです。

松野教授は快復にとっていちばん重要だったことはMicaといろいろな話をすることによって、自分がいかに思い込みのパターンに囚われていたかに気づき、それをじっと観察することができたことだと言っています。

松野教授はそれまでガンのような病気は、薬を使って、肉体という物質レベルでのみ治すものだとばかり思い込んでいました。
松野教授はものの考え方を転換し、自分で調製したプロポリス抽出液を飲み、呼吸法や身体の動きに注意を向けることで、癌を克服したのです。

Micaはある日、ニューヨークから盛岡に住んでいる私の前に突然姿を現しました。それまで全く面識はありませんでした。そして個人セッションはないのかというのです。個人セッションがあることさえ知らずに受けたのです。彼女は持ち前の能力で直感的に今の自分に友邦のセッションが必要だと感じたのでしょう。

そして、そのセッションはクンダニー・エネルギーが上昇する驚くべきものでした。


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人間は肉体の他に目に見えないエネルギーの体を持っています。そのエネルギーの中枢をチャクラと呼んでいます。チャクラはサンスクリット語で光の輪という意味ですがチャクラは肉体にエネルギーの供給をする働きをしています。

東洋医学では気血といって物質的な血液だけでなく生命を動かすエネルギーである気が充実していなければ病になるとされています。

チャクラの機能が低下するとそのチャクラからエネルギーの供給を受けている臓器も低下してやがて物質的な領域で病が生じます。

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エドガーケイシー(1877 - 1945)はリーデングで「生命は自己を複製する能力をもっており、体内の電子エネルギーが不足すると物質的存在の維持と複製能力に必要な均衡状態が再生できなくなる。」と述べており、これはシェーンハイマー(1898 - 1941)が発見した生命は動的な平衡な状態にあるという現代の分子生物学の見解と同じことを語っています。http://www.seibutsushi.net/blog/2013/12/1450.html

人間の体を構成している物質は複製と合成と分解がたえまなく繰り返され時間が経つと身体の物質は蓄えられることなくすべて入れ替わってしまいます。太っている人の脂肪もすべて入れ替わり実際は脂肪が溜まっていないのです。

つまり川の流れのように秩序を保ったダイナミックな流れそのものが生命なのです。

分子生物学はどのように流れを維持しているかということに物質的なレベルで答えることはできてもその秩序を維持している根本の力は何かということに答えることはできません。それは非物質的な領域にあるからです。



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ャクラは心や意識などの目に見えない身体の階層構造と結びついています。悟りや意識の覚醒などの上位ばかり開発しても感情や知性や意志のセンターに制限やブロックがあるとそのレベルに引き戻されてしまいます。

下位のチャクラを飛ばして上位のチャクラを開発をしない方が良いのは、なにか能力を得ようとする時は劣等感を解消しようとする動機がひそんでいるので分離していた自我の影、恐怖という否定的な暗黒のエネルギーに取り込まれてしまう危険性があるからです。

一旦退行してしまうと水平に移動するだけで再び上昇(アセンション)するのは難しくなります。

霊能力が欲しい。ヒーリング能力が欲しい。超能力が欲しいと次々とセミナーを渡り歩く人は能力を得る前に浄化が必要でしょう。

意識の成長に重要なのは怒り、恐れ、悲しみの浄化です。これらは肉体と非物質的な身体の境界が融合して生の全体性を取り戻すこと、つまり透明な光のエネルギーと一つになるプロセスに欠かせません。

意識の成長は浄化と超越の両方が必要なのです。

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今の人類は光り輝く宝石の都市という意味の三番目のチャクラ「マニプーラチャクラ」の時代にいます。行き場のないエネルギーが人々のみぞおちの辺りで渦巻いています。

第三チャクラにブロックがあると人に支配されやすくなるだけでなく、第三チャクラのエネルギーの変換がうまくいかないと暴力に変わり、人を支配して世界を焼く尽くそうとします。あくなき権力志向、支配と征服欲で満ちている人類の状態はこの第3チャクラ段階にあるといえるでしょう。

第三チャクラの火のエネルギーが活性化して、すべてを燃やし尽くすとブロックは消え去り第四のチャクラに向かってエネルギーは螺旋状に上昇します。地球はこれから闘争と破壊による火の浄化を経て、第四の愛のチャクラが開花していくように見えます。



武器の輸出と軍事費の増大。 食料自給率の低下と食料危機。 富と権力がごく一部のものにますます集中している不満が民衆に高まっています。過激なイスラム原理主義の台頭や暴力による対立の激化。環境の悪化そして経済の崩壊 、世界の危機は頂点に達しようとしています。

教育、医療、経済、政治から親子で殺しあう一般家庭まであらゆる階層で機能不全が起きています。奪い合いと搾取という古い意識の体制そのものが現代社会のあらゆるシステムの破錠をまねいています。今までの古い意識から脱皮して、目覚めた新しい人間の意識へ進化する時期に来ています。意識の成長・進化は自然なプロセスなのです。

かつてはヒマラヤ聖者やキリスト教神秘家だけのものだったと思われていた意識の成長、進化が地球に住むあらゆる人々に起きようとしています。

怒りや憎しみを他人に投影して行動せず、攻撃的なエネルギーを生命力に変換出来る人々が増えて、それがある臨界値に達したとき人類の意識は根本的に変容するでしょう。成熟した社会への道は個人の意識の成長・進化と切り離せません。怒りのエネルギーを誤用すれば破壊をもたらしますがそれに気づけば再生をもたらすでしょう。

ほとんどの人は自分が持っている可能性に気がついていません。

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