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2018/05/08

婚姻の始まり 「結婚について その1」



現代では普通およめさんは嫁という漢字を使います。 ところが嫁という漢字の正式の読みは「ケ」「カ」で、元々の漢字の嫁の意味は「ゆく」、「売る」「なすりつける」です。

嫁を取る婚姻の形態の始まりは略奪、召し上げ、進上だったと言う事です。
略奪は男性原理が強くなり戦争が行われるようになってからの事です。主に男性が戦いのリーダーとなり敵方の財宝や食料、女性を奪ったのです。

召し上げ、進上は中央集権が進みはっきりとした上下関係が成立した社会が形成されてからの事です。
『大化の改新』の後、地方豪族の姉妹・子女で姿端麗な女性は天皇に貢ぐように勅令が出されています。
戦争も階級制度もない縄文時代は嫁入りがありませんでした。
結婚を強制される事も別れさせられる事もなかったのです。

男性は自分の生まれた家で生活していたので、自分の子供を養育する事はありませんでした。母から娘へ家と土地、財産が受け継がれ子供は母親の家族と一緒に暮らしていました。財産分与の問題も嫁舅の人間関係のわずらしさがありませんでした。
父親という概念さえもなかったのです。

縄文は母系社会だったので嫁入りはなかったのです。戸籍もなければ結婚制度も存在していませんでした。
古事記でイザナミが「あなにやし、えをとこを(ああ、なんとええおとこ!)」 あとからイザナギが、 「あなにやし、えをとめを(ああ、なんとええおとめ!)」 と呼び合って結ばれる話が出てきます。
古代では女性から先に声をかけるのが礼儀でした。

古代は「好きになったら一緒になり、いやになったら別れる」純粋な自由恋愛だったのです。
お互いに好きな人ができたときは執着しないのが礼儀でした。

自分の母親の家で別々に暮らしていたので経済的な問題も子育ての問題もなかったので、古代に男女が別れる事は全く問題がありませんでした。
2018/04/10

沖ノ島はなぜ女人禁制となったのか



世界遺産となった「宗像・沖ノ島と関連遺産群」

その沖ノ島は「一木一草足りとも持ち出してはならぬ」という掟のおかげで古代の祭祀がそのまま保存されていました。

その祭祀遺跡は1岩上祭祀(4世紀後半~5世紀)2岩陰祭祀(5世紀後半~7世紀)3半岩陰・半露天祭祀(7世紀後半~8世紀前半) 4露天祭祀(8世紀~. 9世紀末)の四段階に分かれます。

1岩上祭祀は古代に磐座の上で魂振りなどの呪術行為を女性が祭主となって神がかりをしていたことを表しています。

2岩陰祭祀の時代になると農具や工具などの実用品や呪術的な玉飾りや銅鏡が少なくなり、馬具やミニチュアの祭器が多くなります。

3半岩陰・半露天祭祀の時代は磐座祭祀から離れて露天露天祭祀へ以降する中間に当たり祭祀のために作られたミニチュアの祭器や土器が多くをしめるようになります。

4露天祭祀の時代になると平地に方形の祭壇を設けて祭事をしたようです。出土した祭祀品は今までの祭祀品よりも圧倒的に多く、律令制度が整い祭儀は分業化され形式的になり物を主体にした祭事が多数行われ事を物語っています。


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これは三輪山などの神体山で最初に磐座(いわくら)・磐境(いわさか)を祭場とする信仰の後、山の頂上にあった山宮(やまのみや)の神を、山裾の里宮(さとのいみや)に移して祭儀をおこなうようになった経過と符合します。

縄文はあらゆるものに精霊が宿る自然崇拝の時代でした。村落が形成されると弥生の祖霊信仰に変わり、そして中央集権が進み勢力を拡大した部族の氏神を国家の神として祀る皇祖崇拝へのプロセスでもありました。右脳優位から左脳優位に移り変わっていったのです。

古代の信仰を残していた琉球では、神に仕えるのは女性とされていたので、祭祀をおこなう聖地の御嶽(うたき)への男性の立ち入りは禁止されていました。

例外とされた琉球国王でさえ、聖域内に入る際には女性用の衣装に着替えたと伝えられています。

これと似たような説話が日本書紀の神代記に出てきます。「お前を斎主として、女性らしく厳姫(いつ姫)と名付けよう」と神武天皇が男性の道臣(大伴氏の先祖)に語る場面があります。

古来から呪術能力があるのは子を宿す女性という信仰が強かったので祭祀を行う男性に女性の名前をつけたのです。

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古代では女性が宗教的な権威をもち男性が政治をおこなうかたちをとっていました。

しかし、古墳時代を過ぎて律令制度が確立されると宗教儀式を司る専門職が細分化されて神主、宮司、物忌、女禰宜(めねぎ)、権禰宜(ごんねぎ)、祝(はふり)、陰陽師、検校(けんぎょう)、権検校と多数の神職が作られ女性の地位は低下しました。

神々の声を託宣する巫女は力を徐々に失い、やがて男性の司祭による組織的な宗教行事が執り行われるようになりました。

定住農耕社会になり政治が統合され王があらわれるとシャーマンは呪術師と呪医、占い師、祭司と分業化されて脱魂型のシャーマンはみられなくなりました。

中央集権国家は勝手に神がかりして秩序を乱す巫女を嫌いました。明治政府の原動力になった長州藩の国学者岡熊臣は神懸かりをする女性の巫(めかんなぎ)男性の覡(おかんなぎ)を嫌悪し、神職と区別して巫覡(ふげき)を処罰の対象としました。

長州藩は国学者の意見に同調して皇祖からはずれた2万の祠や道祖神、石仏が淫祠として撤去されました。

これが明治の廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)と小集落ごとにあった7万社の神社が合祀廃社された神社合祀令の前触れとなりました。

明治以降、女性は神職と切り離され補佐役の舞女、巫女として男性の下におかれました。男性原理は分離して女性原理は融合します。

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男性原理が強くなると、女性は穢れた存在と見なされるようになり、神聖な場所への女性の立ち入りが止されるようになったのです。

沖ノ島や相撲などの女人禁制は男性原理の優位がもたらしたものでした。

2017/07/04

母系から父系へ

日本は狩猟採集の縄文から農耕社会の弥生へ、そして中央集権国家へと移行して行く過程において、母系から父系へと変わっていきました。

古墳時代前期末(4世紀後半頃)築造の大阪の和泉黄金塚古墳は中央の人物とその身内と思われる二人が葬られています19577179_1587812917947962_2983657986732527988_o.jpg

中央の人物は首長階級の女性の棺で外側の粘土床から、景初三年銘の平縁画文帯神獣鏡が出土しています。景初三年は邪馬台国の卑弥呼が魏に使いを送った西暦239年にあたります。画文帯神獣鏡は三世紀初めにほとんど生産が終わっているとみられているので鏡は大切に使われて受け継がれていたのでしょう。

三角縁神獣鏡は中国からは全く出土せず日本からは世に存在しない景初四年の年号を含む500枚を超える枚数が発掘されているので多くは日本で模倣された国内製の鏡と見られています。呉は280年に滅亡しているので亡命した呉の職人が製作したという説もあります。

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霊力が宿る鏡は人間と神との間を繋げる神具であり神の世界に入る入り口でした。カガミ(鏡)から「ガ(我)」をとるとカミ(神)になります。

神社のご神体に鏡が多いのは明治二十八年に政府が法令で

「白銅円鏡で、天神地祇と天皇は径一尺(約30cm)、その他の神は七寸(約21cm)、背面に神名を刻み、つまみに紅紐をつけ、金襴の袋に納めて柳箱に入れる。それを白平絹の入帷(いれかたびら)に包んで、さらに檜白木造の辛櫃に納める。」と定めたことによります。

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自然信仰の時代は山や川、巨木や岩あらゆるものが神でした。

縄文は母系社会でした。古代の部族のリーダーは女性だったのです。弥生になって古墳時代の前半までそれが続いていました。

古墳の埋葬者の研究によると5世紀までの古墳に埋葬されていたのは夫婦と子供ではなく姉弟、兄妹のキョウダイでした。

『古事記』、『日本書紀』、『風土記』には女性が呪術(祭祀)を行う首長で男性が軍事と政治をおこなうヒメヒコ制があったことが書かれています。

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邪馬台国では女性の卑弥呼が王で長官にヒコ(卑狗)がいました。卑弥呼のヒミはヒメミコで「ヒメ」のことではないかと思います。
推古天皇がヒメで甥の聖徳太子(ヒコ)が政治をこなったのもヒメヒコ制でしょう。女性が首長だったので古代に女性天皇が多いのはそのためです。

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5世紀後半からはキョウダイと父が埋葬されるようになり6世紀前半からキョウダイと両親が埋葬されるようになりました。

つまり母系から双系へ、そして父系に変わっていったことをしめしているのでしょう。古墳の副葬品も呪術的なものから武器や馬具に変わっていったのです。


古墳時代の中国は戦乱が続く三国時代で人口が七分の一にまで減少しています。母系から父系の移行はこのことが影響しているのかもしれません。

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2016/10/21

「君の名は」日本人の無意識と共鳴する

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友人の強いおすすめにより「君の名は」を見てきた。

まず主人公の宮永三葉(ミツハ)の名前は古事記の弥都波能売神(みづはのめのかみ)『日本書紀』では罔象女神(みつはのめのかみ)がモデルだろうと思わせる。

ミヅハノメは泉などの水の出始めを表す水の女神である。そして落下する彗星の名前のティアマトはシュメールの水の女神である。シュメールの太陽系神話ではニビルの衛星とティアマトが衝突してティアマトは二つに分かれ、その内の一つは粉々になり小惑星帯となり、もう一つは地球と月になった。監督はゼカリア・シッチンの「謎の惑星ニビル」から着想を得たのだろう。もう一人の主人公の名前が男子高校生の「立花瀧(タキ)」でどちらも水に関係している。

消えたミツハの故郷は監督の故郷に近い諏訪湖がモデルといわれている。ミツハは神社の娘で映画で巫女舞を踊るが、それは新海監督の出身地、長野県の佐久市にある新海三社(しんかいさんしゃ)神社の巫女舞の浦安の舞そのままである。

新海三社神社では年に一度映画にでてくる口噛み酒を奉納する儀式が行われているという。お酒を作る職人を杜氏(とうじ、とじ)と呼ぶが元は女性の尊称を表すトベからきていた。古代日本のリーダーは女性でトベという尊称で呼ばれていた。ミツハのお父さんが神社の婿養子なのは古代の母系社会を思わせる。

ミツハの実家、宮水神社のご神体は磐座である。磐座で主人公の立花瀧(タキ)は口噛み酒を飲み次元を超える体験をする。日本の神体山の山頂には必ず磐座がある。古事記でイザナギとイザナミはこの世とあの世の境にある千曳岩を挟んで会話した。死者と生者の間の通信装置が磐座だった。古代の神事は磐座で舞う祭儀を執り行い神々とつながるのである。

大空から星が三つに分かれて落ちた伝説がある大阪交野の星田妙見宮を白鳥さんに案内していただいたことがある。妙見山には織女石(おりめいし)という磐座があり、星田妙見宮の祭神は牽牛・織女の二神である。天の川が流れる星田の里には天女である七曜の星の一つが地上に降り羽衣を隠され天に帰れず妻となり、その子が部族の長となる七星型羽衣伝説がある。この地は古代物部氏が支配していた。星田には物部氏の祖神ニギハヤヒを祀る磐船神社が鎮座している。

君の名の男女が入れ替わるストーリーはすぐに平安時代後期に成立した物語を思い来させた。やっぱり劇場パンフレットに「とりかへばや」をモチーフにしたとある。

ユング心理学では男性の中に現れる女性像をアニマ、女性の中に現れる男性像をアニムスという。

アニメーションの語源はラテン語で霊魂を意味するアニマに由来し生命のない動かないものに命を与えて動かすことを意味する。巨石や巨木、泉や山に精霊が宿るとする信仰はアニミズムと呼ばれているがアニマからきている。石が神の依代としてそこに神が顕現するのである。

男性性と女性性はバランスが取れることで全体性が保たれるが、映画では男性的傾向が強い女性の奥寺ミキが主人公のタキに入れ替わったミツハの女性性に惹かれるというエピソードがでてくる。

男性性は分離、独立し、女性性は一つに融合、調和する。

現代の理論物理学は複数の宇宙の存在を仮定している。泡のように多数存在する並行宇宙の集団が,もっと大きな「マルチバース(多宇宙)」を形作る構造になっている。並行宇宙同士は相互に影響しあい関係している。

この映画では時間が過去現在未来と一直線に流れない。映画の重要な言葉が「組紐」に出てくるムスビである。「よりあつまって形を作り、人をつなげることも、糸をつなげることもムスビ。捻れて絡まって、 ときには戻って、途切れ、またつながることもムスビ。時間が流れることもすべてムスビ」は非物質的な微細な世界サトルの領域を表している。非物質的な領域の時間と空間はねじれている。

「ムスビ」つまり「むすひ」は結ぶこと男性性と女性性が一つになることを意味している。ムスヒがついた日本神話の神様の名前タカムスヒ、カミムスヒは陰陽和合の象徴になっている。

そして映画にでてくる究極の問いが『あなたは誰だ。』である。

人間の魂は本来、神の世界に属しているが肉体に閉じ込められ、本来の神性を忘れて眠っている。しかし、儀式や啓示によって自分自身の本質に気づくことで、肉体の囚われから解放される。転生輪廻の苦しみから解放された魂は物質的な肉体から自由になって神と融合する。それまで魂はマトリックスの中で深い眠りに陥って自分が誰であるか忘れている。それが密議宗教の基本構造である。

自分が何者かの問いが起きるのは目が覚めた時に意識と肉体が分離していることに気がついた時である。大いなる全体から分離していることに気がつくと全体を求めて魂の探求の旅が始まる。囚われから離れて目覚めると陰陽のエネルギーは螺旋状に上昇し一つになる。それが神聖結婚である。

主人公のミツハとタキは時間と空間という次元を超えて影響しあい結ばれるという魂の旅のストーリーになっている。誰もがミツハとタキであり記憶を失った状態で魂の旅をしている。

映画では最後に二人は四谷の須賀神社で出会う。須賀神社の祭神はスサノオである。出雲の須賀の地にある須我神社は「日本初之宮(にほんはつのみや)とよばれスサノオとクシナダヒメが結ばれた地であり奥宮には磐座がある。日本の国の始まりは大陸からやってきた渡来人であるスサノオが母系の先住民クシナダヒメの婿養子になったことを示唆する。終わりは始まりである。

「君の名は」は日本人の無意識に潜む「象徴」「比喩」「暗示」が重層的に含まれている作品だった。

写真は黄昏時の諏訪湖
2016/07/30

投影した関係

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男性と女性はお互いに自分の理想化した都合の良いイメージを相手に投影をして関係を持ちます。

関係性が親密になると相手が自分のイメージ通りでないことが分かってきます。
そうなると「こんな人は思わなかった」と不機嫌になり関係性が悪化します。
あるがままの相手を見ていたのではなく自分の影を相手に肯定的投影をしていたのです。

お互いに肯定的投影していた関係は容易に否定的投影の関係へと転換してしまいます。

男性は自分の内側に沸き起こる否定的感情が女性に原因があると考え相手の女性を攻撃します。

女性は相手が不機嫌なのは自分が悪いからだと最初は自分の感情を抑圧し我慢して良好な関係を築こうとします。
しかし、内圧が高まって限界を超えると、女性は突然男性的になり攻撃的エネルギーが噴出して関係性をめちゃくちゃにしてしまいます。

こうして二人の関係性は破局へと向かいます。

自我は私が行為しているという感覚を信じてしまっています。
他者を非難したり嫌悪している自我をあるがままに見ているのが
本当の自分だと気がつくと行為者としての自分は存在しないということがわかります。

自分がいないということは同時に自分はすべてだということです。
そのとき、他人の自我も自分の自我も受けいれることができます。

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