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2016/09/13

あらゆる現象が空であることを知る

私たちは子宮の中で母と一体となっている至福の状態から分離して、産道を通り、苦痛と苦しみを通り抜けてこの世界に誕生します。

母親の姿が見えなくなると、幼い子供は、自分が置き去りにされたと思ってしまいます。そして子供は「見捨てられるのではないか」という不安・恐怖をいだきます。

泣くなという条件づけを受けたために泣く事よりも怒りと暴力の方が簡単にでる男性がいます。怒りの奥には愛を受けとれなかった悲しみと不安があります。心の底では子供頃の自分が今も叫んでいます。「お母さん 行かないで私をひとりにしないで」

不安から逃れるために合理的思考を発達させ左脳優位になってしまったのが現代社会です。

石をなげると水面がゆれるように、思考を使って自己の本性をみようとすると、思考自体が曇りとなって見えなくなります。
思考で自己の本質を知ることはできません。本当の自分を知るには思考に同一化することをやめなければならないのです。
あなたと私という分離感が不安と苦しみをもたらしています。思考が世界を分けてしまうのです。

母親が不安を持つと強い影響を受ける子供も不安をもってしまいます。

人生では怒り、悲しみ、絶望、不安、笑い、歓喜とあらゆる感情に巻き込まれ自分を見失う経験をします。思考や感情は気づきという心の広がりの中で浮かんでは消える泡にすぎません。

次から次へと現れては去ってゆく思考や感情を観照して、それ自体が空である事を見て取ることができると、今まで思い込んでいた自分は思考が作り上げた夢だった事に気がつきます。

あらゆる現象が虚であり空であることを知り、全体をあるがままにすべて受け入れたとき行為している自分はいないということに気がつきます。

ただ自然に風が吹き雲が湧いて雨が降るように心の中の感情や思考もまた自然に起きています。喜怒哀楽の感情も雨や嵐が来るようにただ自然に起きているだけなのです。

暴風雨で荒れ狂う台風でも中心は穏やかでいつも青空がでています。心が波打つ不安定な状態になっても自己の中心はいつも静寂です。

意識のどの段階にも本当の自分はいるのでどんな状況でも本当の自分を見失うことはありません。 中心はいつでもいまここにあります。

いつも静かにあるがままに見守っている本当の自分に母親が目覚めた時、その母親から生まれた子供たちによって地球は愛の惑星になっていくでしょう。
2016/07/30

引き寄せの法則について

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「引き寄せの法則」を「思ったことが実現する」すると解釈してポジティブなことを考えるとポジティブなことが起こると信じている人がいます。

誰でも人生を思い通りに生きたいと思っています。プラス思考でいけば何事もプラスに働いて、バラ色の明るい未来が実現すると信じたいところです。

ところがこの三次元の世界はいつも二つの極の間を揺れ動いています。失敗した人は成功し、成功した人は失敗します。悲しみは喜びに変わり、喜びは容易に悲しみに変わります。「陽極まれば陰となし陰極まれば陽となす」が自然の法則なのです。

現実はいくらプラス思考しても必ず望んではいないマイナスの出来事が起きてきます。マイナスの出来事が起きるのはプラス思考が足りないからだと短絡的に考えてプラス思考を強めても、思った通りの結果を得られないことが起きます。

結局、自分はだめだの考えが浮上して罪悪感が増大してしまいます。プラス思考はマインドの薬なので服用を誤ると分離が強まりかえって苦しんでしまうのです。

嫌悪するような、感情が動かされる出来事、気になる他人の行動これらはすべて、影に追いやった自分の一部です。それに同調するために心が動くのです。外側に感じていた問題は自分の内側にもあります。あいつは気に食わない奴だと他人を自分と切り離してみますが自分の中にも同じ要素を持っているのです。自分の中にはすべてがあります。

「引き寄せの法則」は文字どおり自分にふわしい出来事を引き寄せることですが、自分ではないと分離して影に追いやった苦しみも自分なので引き付けるのです。

意識が自覚できていない領域があるとその領域を自覚するような出来事を宇宙が確認するために引き寄せます。

宇宙は光に満ちています。自我は思考で影を作り否定した自分を切り離して見ないように暗闇にしまいます。光は闇を照らします。人生に失望し自分に絶望して、すべてをあるがままに明け渡した時、光がさして闇は消えます。

思考は闇を作ることができますが闇を消すことはできません。闇は光の不在です。気づきが光です。光がさすと闇は一瞬にして消えます。光がさすということは思考が本当の自分ではないことに気がつくことです。そのことを光明を得るといいます。

本当の自分を自覚するとあるがままの世界があらわれます。外側の世界と内側の世界、絶望と希望の二つ世界を同時に生きられるようになります。
2016/07/30

投影した関係

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男性と女性はお互いに自分の理想化した都合の良いイメージを相手に投影をして関係を持ちます。

関係性が親密になると相手が自分のイメージ通りでないことが分かってきます。
そうなると「こんな人は思わなかった」と不機嫌になり関係性が悪化します。
あるがままの相手を見ていたのではなく自分の影を相手に肯定的投影をしていたのです。

お互いに肯定的投影していた関係は容易に否定的投影の関係へと転換してしまいます。

男性は自分の内側に沸き起こる否定的感情が女性に原因があると考え相手の女性を攻撃します。

女性は相手が不機嫌なのは自分が悪いからだと最初は自分の感情を抑圧し我慢して良好な関係を築こうとします。
しかし、内圧が高まって限界を超えると、女性は突然男性的になり攻撃的エネルギーが噴出して関係性をめちゃくちゃにしてしまいます。

こうして二人の関係性は破局へと向かいます。

自我は私が行為しているという感覚を信じてしまっています。
他者を非難したり嫌悪している自我をあるがままに見ているのが
本当の自分だと気がつくと行為者としての自分は存在しないということがわかります。

自分がいないということは同時に自分はすべてだということです。
そのとき、他人の自我も自分の自我も受けいれることができます。

2016/07/30

全体を分けることはできない

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私たちは成長の段階で、あるがままの自分を否定されて、
受けいれられる自分と認められない自分に分離させてしまいます。

そして世界から切り離されている自分という間違った思い込みで生きていきます。
心の中に浮かび上がる考えを真実の自分だと思い込んでいます。

思考は全体を分離させて見ていますが
分離して見ている部分もまた全体なのです。

全体から全体を引いても全体が残り
全体に全体を足しても全体が残ります。
全体を分けることはできません。

すべての存在は大いなる全体であり
全体以外はありません。

思考を通さずに世界をあるがままに見た時
分離した私はどこにもなく

見るものも見られるものもなく
あるがままの全体だけがそこにあります。
2016/07/30

もともと意味がなく

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見るもの
聞くもの
味わうもの
感じるもの
自分の内側に起こる感情
それにはもともと意味がなく
それに意味を与えているのは
絶えることのないおしゃべりを続けている頭の中の自分

おしゃべりをしている頭が自分ではなく
おしゃべりに気がついているのが本当の自分

喜怒哀楽の感情が自分ではなく
それを見守っているのが本当の自分

物事が起きようが起きまいが
意味を超えて存在しているのが本当の自分

あらゆるものが来ては去って行く虚空のスペース
それが本当の自分
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